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エメラルドの鎮魂歌
第2章 その薔薇の秘密は誰も知らない
…読みかけの本を枕元に置いた刹那、瑞葉は廊下に人の気配を感じた。
寝台から身を起こし、耳を澄ませる。
深夜零時はとうに回った頃だ。
身を硬くしながら、声をかける。
「…誰?誰かいるの?」

すぐに音もなく扉が開いた。
ランプの灯りに照らされた世にも美しい男の貌が浮かび上がる。
八雲は昼間の黒い執事の制服のままであった。

「八雲!」
「お起こしてしまいましたか…」
「ううん、まだ寝ていないよ。
…それよりどうしたの?こんな時間に…珍し…」
近づいてきた八雲に掬い上げられるように抱きしめられ、まるで肉食動物が草食動物を食むように唇を奪われる。
「…んんっ…は…ああっ…ん…」
瑞葉の柔らかな唇を強引にこじ開け、熱い舌が瑞葉のそれを求めて口内を蹂躙する。
捉えられた舌はきつく絡めとられ、千切れそうになるまで吸われ…瑞葉は苦しげに息を吐いた。

我に返ったように、八雲が舌を解放する。
「申し訳ありません。お苦しかったですか?」
頬を擦り寄せられ、見つめられる。
瑞葉は首を振る。
「大丈夫…。でも…どうしたの?何かあった?」

八雲が寝台の上で瑞葉をきつく抱きすくめる。
「…貴方が欲しい…!身も心も…私のものにしたい…!」
瑞葉は息を呑んだ。
今まで聞いたことがないような、生々しい男の欲望の声だった。
「…八雲…」
瑞葉の細く白い指が、男の背中を抱き返す。
そうして、長い睫毛を瞬かせたのちに…

「…いいよ…。八雲の…好きにして…」
「瑞葉様…」
か細く白い指が愛おしげに美しい男の貌の稜線をなぞる。
「…僕はとっくに八雲のものだよ。だから、好きにしていいんだ…」
澄み切った翠の瞳が、真っ直ぐに八雲を見上げる。
男の深い瑠璃色の瞳が眩しげに細められ、小さく息を吐きながら瑞葉を抱きしめた。

「申し訳ありません。
迅る心を抑えきれずに…無理を申しました」
「八雲…僕は…」
最後まで言わさないように、八雲の美しく長い指が瑞葉の形の良い薔薇色の唇を塞ぐ。
「良いのです。…その代わり…」
悪戯めいた笑みと優しい口づけを送る。
「早く大人になってください…」
瑞葉は頬を染めて口づけを返す。
「うん…。早く大人になる…」
小さく笑い合うと、そのまま男の長く逞しい腕に抱き上げられる。
横抱きにされ驚く瑞葉に、八雲は艶めいた眼差しで微笑った。
「…お連れしたいところがあります」


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