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エリュシオンでささやいて
第2章 Lost Voice
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東京都江東区木場。
大きな木場公園にほど近く、あたしが住んでいる品川から遠いところに、あたし――上原柚(うえはら ゆず)が勤める「株式会社 Elysion(エリュシオン)」がある。
財界誌によく載る忍月財閥直下の忍月コーポレーション本社があるOSHIZUKIビル四階に、エリュシオンが引っ越したのは今から二年前のこと。
エリュシオンは、音楽会社だ。
育成型のプロデュース業で、対お茶の間の皆さまではなく、大手プロダクションを相手に、こちらが育成した歌手や音楽を提供したり、育成をアドバイスするマネージメント的なサービスもする。
その中であたしは、企画事業部の育成課の、名ばかりのチーフをしていて、営業が街でめぼしい人材を見つけてスカウトをした子を、どう育成してどう売り出すのか、そうした企画をする仕事に就いている。
九年前――、あたしは、ひとりの天使の歌声に背を押され、親の敷いた音楽の人生から踏み外すことを決心して家を飛出し、「遊びにおいで」と書かれた年賀状を片手に、一人暮らしを始めた七歳年上の従兄の家に転がり込んだ。
一般大学の文学部に入り、アルバイトをしてお金をためて、大学の学費を肩代わりさせてしまった従兄に、借金を返し続けていた大学時代。
就職難のこのご時世、就職できずに就職課にお世話になっていたあたしは、担当してくれていた職員に呼び出され、音楽会社の受験に急遽空きが出たから、よければ受験だけでもしてみないかと言われた。
エリュシオンという社名だけで運命を感じた二時間後、その時は東京の千駄ヶ谷にあった、十五名くらいで構成された中堅会社が具体的にどんなことをしているのかわからずに受験し、奇跡的に雇用され、一人暮らしを始めた。