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月光の誘惑《番外編》
第3章 月に臨み、月を望む。

「……すみません、ちょっとトイレに」
「あ、湯川先生!?」
看護師の制止の言葉すら聞こえなかった。俺の視界には、一人の人物しか映っていなかったのだ。
帰ったはずでは? なぜ、まだ、そこに?
俺は走る。エスカレーターの近く、こちらを見て頭を下げた彼女の姿が、どんどん近くなってくる。
足がもつれそうになりながら、俺は、奇跡にたどり着く。
「あ、あの……っ、ちょっ、待って、くだ、さ」
「焦らなくてもいいですよ。同僚たちはみんな帰りましたから」
「なん、で……っ?」
呼吸を整えながら、彼女を見る。
夢にまで見た笑顔が、そこにあった。手を伸ばせばすぐにでも触れることができる位置に。
「何で、って……先生が、私と話したそうにしていたので」
話したかった。
触れたかった。
そんなことを言ったら、あなたは引くだろうか。
欲に忠実な、軽薄な男だと思われるだろうか。
それでも構わない。どんなふうに思われても、俺は、あなたと――。
「違いました?」
「……違わないです。お話をっ、したくて……お時間、ありますかっ? 回診を、一時間で終わらせるのでっ、少しだけ、本当に少しだけ、お話を!」
必死だった。
でも、ここで必死にならなければ、いつ死ぬ気で口説きたい女が現れるかわからない。だって、もう、十七年も待っていた。この瞬間を。
今しかなかった。今、この瞬間に必死にならなくてどうするんだ。死ぬ気で口説かなくてどうするんだ。

