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銀木犀の香る寝屋であなたと
第9章 銀木犀の香りと共に
 朝早く珠子は家を出、実家の裏山へと向かう。白いワンピースを着て、胸ポケットに庭の銀木犀を少し切って差した。歩くたびに甘い香りが漂い、一樹に会うための勇気をもらう。歩いては引き返し、歩いてはためらいながら一樹のもとへ向かった。(もし、いなければ……)

 今日いなければもう二度と会いに行かないと心に決めて、再び裏山の銀木犀を目指す。相当な距離を歩くことになるが、疲れはしなかった。
沢木屋を横目でちらりと一瞥し、裏山へ回り、小屋へ行き、その裏手の銀木犀の香を辿る。

 木の根元に横たわっているものが見えた。一樹だ。(兄さま!)

 早鐘を打つ胸を抑え、そっとゆっくりと彼に近づいていく。

 一樹は木の根元でコートを着たまま、トランクを枕に眠っている。珠子は静かに隣に腰かけ、眠っている一樹の寝顔を眺めた。日焼けした精悍な顔立ちに少し無精ひげが伸びている。
眉間には深いしわがあり苦労がしのばれた。

「んん……」

 一樹が起き始めたようだ。前髪をかき上げ、おでこに掌を押し当て、目をこすった後、伸びをし始める。

「んん、うん、ん?」

 珠子に気づき、がばっと身体を起こし「珠子か?」と驚いた表情でじっと凝視する。

「兄さま。おはようございます」
「おはよう」

 ごく自然にあいさつを交わす。まるでいつもの朝が来たように見つめ合い微笑み合った。

「母さんに聞いたよ」
「そう……」

 お互いにとても苦労をし辛いことだらけであったことなど、今更言葉にせずとも伝わりあった。

「兄さまは、また行ってしまわれるの?」
「うん。もう少し西に行って子供たちに勉強を教えるんだ」

「またお帰りになる?」
「ふふっ、質問だらけだな。この季節にまた帰ってくるよ」

 一樹は優しく笑って珠子の頭を撫でた。
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