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銀木犀の香る寝屋であなたと
第3章 婚姻
 優しい香りの薔薇を摘んでいると、高子と文弘が並んで歩いているのが見えた。
文弘は優美な様子で柔らかい貴公子然としさすがに庶民と違う雰囲気を感じる。しかし隣にならぶ高子も堂々とし、引けを取らない。
 珠子はいきなり家族となるこの二人に大した違和感なく不快感もなくここに居られるのは、この親子が葉子と浩一になんとなく似ているからなのだろうと思った。
側にいるときはそんな風に思わなかったが、遠目から見ると両親に似ている。(お似合いね……)
自然に思ったことにハッとし、なぜだか罪悪感を感じた。


「珠子」

 文弘が優しく声を掛ける。

「おかえりなさいませ」
「美しいね」
「はい。お部屋に飾ろうと」
「それはいいね。きっと夜には部屋いっぱいに香りが満ちているだろう」

 高子の手前、それ以上話すことはなく珠子は頭を下げた。

「珠子さん。棘にお気をつけてね」
「はい」

 文弘と高子は立ち去った。珠子は二人の後姿を見送ってから薔薇をもう少し摘もうと庭園を眺めた。




 後ろをチラッと見やり、珠子が薔薇を選び始めたのを見計らって、高子は文弘に話しかけた。

「文弘さん。珠子さんはいかがですか?」
「ん?なかなかいい娘ですよ。そこら辺の令嬢よりもよっぽど大事に育てられてるようだ」

「まあ、そうねえ。従順で素直で気立てもいいわね」
「不満はありませんよ」

「そうなのね……。でもね、そろそろ一年になるのよ?」

 ふーっと文弘はため息混じりに言う。

「お母さまのおっしゃりたいことはわかります。跡継ぎのことでしょう?」
「もう徴候があってもいいのだけれど」

「ご心配なく。もうじきですよ、きっと」
「そう……」

 藤井男爵の体調が回復する見通しがもはや持てない。急を要する話ではないがこのまま跡継ぎが不在であると藤井家の存亡が怪しくなってくる。
高子は暗い気持ちであと三月、珠子に懐妊の兆候がなければある計画を実行しようと考えていた。
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