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終止符.
第8章 転機
奈緒は胸の鼓動を押さえながら篠崎のデスクの前で立ち止まる。

「部長、これ、お願いします。」

『退職願』と書いた封筒をデスクの上に差し出す。

「ん…」

振り向いた篠崎は奈緒を見てから視線を落とし、封筒をじっと見た。

「……」

封筒を手に取り奈緒を見ながらため息を一つ付く。

「少し話さないか。」

篠崎が来客用の部屋に入って行く。

奈緒は心配そうに見つめる沙耶と目配せをして後に続いた。

「掛けなさい。」

「はい。」

向かい合って座る。

「どうして急に。」

「……」

「奈緒。」

「終わりにしたいんです。」

「私のせいなのか。」

「……時期が来ただけです。」

「辞めなくても…。」

「こうでもしないと終わりに出来ないんです。」

「奈緒。」

「部長、受け取ってください。引き継ぎが終わったら、ひと月後に退職します。」


「人事と話すからそれは待っていなさい。」

「わかりました。」

「奈緒…」

見つめられると負けそうになる。

「何も言わないで下さい。」

奈緒はうつ向き両手を握りしめた。

「よろしくお願いします。失礼します。」

奈緒は立ち上がり、頭を下げて部屋を出た。

ほっとため息を付く奈緒に沙耶が小言で話しかける。

「どうだった?」

「大丈夫。…ちょっとお手洗いに行ってくるね。」

奈緒は息を整える為に女子トイレに向かった。

鏡に映る自分を見つめる。

篠崎に触れられたら、すがりついてしまいそうな情けない自分がいる。

優しくされても冷たくされても心は痛むだろう。

強くなりたい。

奈緒は揺らぐ心に戸惑っていた。

仕事の事よりも、篠崎への想いを断ち切る決心が、もろく崩れそうだった。

割り切って付き合っているつもりだった。

強くなりたい。

奈緒は深呼吸をして自分のデスクに戻った。

「大丈夫?」

「うん。」

「部長は○○商事に出掛けたよ。直帰するって。」

「そう。」

「了解してもらった?」

「たぶん。…人事と話すって…」

「千秋ンとこか…よし。」

「なに?」

「奈緒が長くいられるように頼んでおこう。」

「ふふっ…千秋にそんな権限あったっけ?」

「ないね。あはは。」

「あはは。」

沙耶のお陰で気が紛れた。

森下と上手くいっている沙耶の横顔が、いきいきと輝いて見えた。


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