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幸せの欠片
第1章 序章
  結婚して8年。

外資系の商社マンとして働く夫は、他人に問われると、「出世はまぁまぁですので、収入もそこそこです」と答えるが、私から見ると、充分にエリートと呼べる人だと思う。

夫の態度や性格には、特に不満に思うようなところはなかったけれど、夜が遅いので、性生活は月に一度か二度あるだけ。
元から淡白なのだろう。同じ手順で、彼の設定した型通りに行われる儀式のようなものになっている。

今から10年前、麻衣が貿易関係の会社に勤めていた時に、取引先の人に連れられて来たのが夫の悟だった。

当時から外見は落ち着いていたが、笑顔になると少年のような人懐こさが感じられた。
 
 2年の恋愛期間を経て結婚したので、ある程度は癖も性格も理解していたし、何よりも優しかったから、結婚に後悔はしていない。

 けれど、子供のいない夫婦としては、もう少し近い関係を築きたいとは思う。

 そういう話をすると夫からは「忙しくてさ・・・・・・。何か習い事とか趣味でも見つけたらどう?」と決まった返事がかえって来る。

 逆らって問題をこじらせても、夫に時間のないのはわかっていたから、素直に「そうよね」と答えるのがいつもの私。

 そういうわけで、水彩画教室、陶芸教室、フラメンコ、ヨガなどに首を突っ込んでみたけれど、どれも1年と続かなかった。

 最初は興味を持って入って行ったものの、才能の無さを思い知ったり、想像していた以上に難しかったりしたからだ。

 習い事をすれば仲間が出来て、付き合いの範囲が一瞬広がるが、やめてしまうと、だんだん疎遠になる。

 そういう関係を繰り返すことにも疲れて来て、結局は、家事の役に立つ料理とお菓子作りだけが続けられた。

 家でおいしい料理を作ると、夫が褒めてくれる。

 休みの日にも、ゴルフに出かけることが多い夫だったが、お菓子を焼いておくと、喜んで食べてくれた。

 そういうことがかけがえの無い幸せに思える。

 平凡だけど、穏やかな家庭。

 何の問題もなく、このまま一生続いて行くのだろうと思っていた。
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