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花菱落つ
第1章 躑躅ヶ崎館
高く細く、謡うように風が鳴った。
永禄四年十月。甲斐武田氏の居城躑躅ヶ崎(つつじがさき)館。
望月千代女は小姓に導かれ、広大な館の中心にある中曲輪(くるわ)の廊下を歩いていた。床板に触れる足先から体が冷たくなってゆくのを感じる。十月も末ともなると、千代女の住まう信濃ほどではないとはいえ甲府もかなり冷え込むようになるのだった。
千代女は目の端を何かが横切った気がして足を止めた。だが新月の空は昏く、星々が頼りなげに光るのみ。
立ち止まった千代女の前を小さな光が横切った。流れ星だった。
「いかがなされましたか」
先を歩いていた小姓が、足を止めた千代女を振り返った。
「流れ星じゃ」
千代女の指の先、儚い尾を引いて再び星が流れた。小姓は子供のように顔を輝かせて夜空を見つめた。二人の見上げる前で、いく筋も小さな光が流れる。いつまでも飽くことなく空を見上げる小姓に、千代女はそっと声をかけた。
「あまり長いこと空を見上げていては、お館様がしびれを切らせてしまうぞ」
「も、申し訳もござりませぬ」
小姓は我に返り、再び先に立って廊下を歩き始めた。
永禄四年十月。甲斐武田氏の居城躑躅ヶ崎(つつじがさき)館。
望月千代女は小姓に導かれ、広大な館の中心にある中曲輪(くるわ)の廊下を歩いていた。床板に触れる足先から体が冷たくなってゆくのを感じる。十月も末ともなると、千代女の住まう信濃ほどではないとはいえ甲府もかなり冷え込むようになるのだった。
千代女は目の端を何かが横切った気がして足を止めた。だが新月の空は昏く、星々が頼りなげに光るのみ。
立ち止まった千代女の前を小さな光が横切った。流れ星だった。
「いかがなされましたか」
先を歩いていた小姓が、足を止めた千代女を振り返った。
「流れ星じゃ」
千代女の指の先、儚い尾を引いて再び星が流れた。小姓は子供のように顔を輝かせて夜空を見つめた。二人の見上げる前で、いく筋も小さな光が流れる。いつまでも飽くことなく空を見上げる小姓に、千代女はそっと声をかけた。
「あまり長いこと空を見上げていては、お館様がしびれを切らせてしまうぞ」
「も、申し訳もござりませぬ」
小姓は我に返り、再び先に立って廊下を歩き始めた。