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花菱落つ
第8章 東光寺
 凪はいつもの巫女装束ではなく、地味な小袖を纏っていた。

「おお、凪か。またずいぶんと背が伸びたな」

 最後に会ったのは二年も前のことだ。久方ぶりの再会に、義信は笑みをみせた。もうすぐ十六になる凪の背丈は、小柄な義信をとうに越えている。少女めいた顔立ちは凛々しさを増し、少女とも少年ともつかない不思議な色香を漂わせていた。

「義信様。私とともにここからお逃げください」

 旧交を温める間もなく、凪はずばり切り出した。切れの長い美しい瞳には焦りの色が濃い。

「もうあまり時間がありません」

 するりと近づいた凪に手を取られ、義信は庭に降りた。庭の向こうは山に繋がっている。そのまま山を越えれば逃げることができるだろう。父信玄は東光寺に見張りを置いていなかった。だが凪が来たことでいよいよ信玄が駿河攻めに動き出そうしていることを義信は悟った。
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