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人魚島
第2章 人魚島
『左から遠回りして行くけん、妹は見るなや?』

咲子がテトラポットとは逆の方向に自転車をキィキィと押した時だ。

『咲子ぉッ!』

若い男の声がし、振り替えればビニール製の黒いエプロン姿に白いビニール製の長靴に火掻き棒片手の男がテトラポットから船着き場に『よッほッ』とリズミカルにジャンプし、こちらに駆け寄って来る。

『咲子ぉ、久しぶりだな』

髪の毛を無造作に脱色し、額に白いタオルを巻いていてキラキラ光る小さなピアスを耳に光らせていた。

『慎三ひぃじぃちゃんは残念やったな、おい、客人か?』

男、いや、年の頃まだ15~6歳に見えた。

『はい、東京から来ました魚沼さんの遠い親戚の篠山春樹と言います』

パチパチと鳴る炎を背後に男は白い歯をニカッと見せながら笑った。

『俺、遠山禅、敦にはまだ会ってへんやんな?敦の兄貴で見習いの漁師じゃ、わざわざ遠い東京からおおきにな、あっちは咲子の妹で…』

禅さんが親指を突き上げ背後をつつく、ゆっくり僕は禅さんの背後を…見てしまった。
途端僕は"妹"を目撃し、思わず後退り尻餅を付いた。

『こんにちは』

妹がテトラポットからヒラリと船着き場に下りる。
咲子が右手で顔を覆いながら『はぁ…』と深く溜め息を付いて項垂れた。

『うち、花子言います』

何やらヌメヌメした表面、肌色の肉塊、揺れる前髪…目も鼻も眉毛すら無い何かが僕に近付く。
辛うじて口だけが動いていた。
顔が無い、のっぺらぼうだ。
肉塊は人の頭と大きさは然程変わらず、栗色のショートカットの髪の毛を潮風に靡かせながらニコッとする。
僕はあたふたしたが禅さんは至って真面目に『みんな同年代なんや、仲良くしようや』と良く焼けた真っ黒の肌に白い歯を覗かせる。
『咲子、花子、はよ夏休みの宿題せぇよ』腰の曲がった老婆も花子に気にも止めずすれ違って行く。

『名前は?』

花子は顔はともかく存在し無かったが咲子以上に可憐で鈴を転がす様な声色で訊ねてきたが、僕は狼狽し切り尻餅を付いたままだ。

『砂が付くよ?』

花子が僕に手を伸ばした。
顔が無く目も無い肉塊なのにどうやら見えているらしく、花子は僕の右手を引っ張り立たせてくれた。

『アカン、砂だらけや』

花子が笑い僕の黒いパーカーをパンパンやり砂をはたき落とした。

『あ、ありがとう』

おずおずと伝え改めて花子の顔を見た。
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