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貴方だけに溺れたい
第8章  根底にあるもの

情けない……。

つい先日、自分の会話力の無さと素っ気ない態度に後悔したばかりだというのに、改善どころか学習すら出来ていない。
でも、だからといって"噂の幽霊"繋がりでも、あの本の話題は避けたい。いくらなんでもタイミングが悪過ぎる。

「じゃあそのうち、東屋でおやつを食べてたって噂が広まるかもね」
「や、だから、私じゃ無いですから」
「なかなか絵になってたよ。映画のワンシーンみたいだった」
「…………そうですか……」

幸いにも森川が話をしてくれているから、不自然な沈黙から逃れる事は出来ていたつもりだけれど、"映画のワンシーン"というフレーズに気恥ずかしさを感じてしまい、思わず動揺してしまった。

葵にとっての"映画のワンシーン"というフレーズは、美しく美化されていてロマンチックなものというイメージがあったからだ。

しかしそんな葵に対して、森川も思う事があったのだろう。

僅かな沈黙の後の戸惑うような口調に、森川は斜め後ろに座る葵をちらりと見てから靴を脱ぎ始めた。
そしてテーブルの縁に後ろ手を突いたと思うと、瞬く間にテーブルへと移動した。

「わぁっ!」
「やっぱり、こっちの方が良いかな?」

凄い身軽。
しかも『よいしょ』とか言わないし、腕の力だけで浮き上がったようにも見えた。

だけど、ぜんぜん良くない!

旋毛よりは遠いけれど、横を向けば直ぐに目が合うような距離で正気を保てるわけが無い。
しかもノーメイク。
とっさに目を逸らして俯いてしまったのは当然だけど、手に持ったままのチョコレートバーに気付き、辛うじて不自然にはならない理由は見つかった。

「あっ、良かったらどうぞ!」

そう言いながら脇に置いたビニール袋を掴むと、相手の返事を聞くよりも先にそれを開けていた。
しかし中に入ったチョコレートバーの本数に気付き、もう1つの焦りが生まれたのだ。

「あれっ?」
「どうした?」
「……」

なんで3本しか無いの?

記憶にある限り、チョコレートバーはまだ1本しか食べていないし、よく見れば飴も2本になってる。
けれど手元には半分以上も食べた物があり、急いで袋のあった場所を見ると二種類の包み紙が並んでいた。

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