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貴方だけに溺れたい
第3章 屈辱と悪夢
「奥さんのお姉さんの息子さんなんだって」
「……そうなんですか」
「何だったか忘れたけど仕事でこっちに来るようになったから、暫くの間、面倒見るんだとか言ってたわ」
「へぇ……」
森川が秋山の甥だと知ったのは、夕食を食べる為に部屋へとやって来た多代の話からだった。
"早く自由になりたい"と願ってはいても、思い通りに出来ないのが現実。
葵は多代がトイレの前から去った後には部屋に戻り、急いで冷たい水で顔を冷やしていた。
赤みが残る目元はファンデーションで誤魔化し、少なくとも泣いた後には見えない程度に戻ってはいる。
しかし食欲なんてあるわけも無く、飲み会料理の残り物を無理やり口に運びながら、多代の一方通行な話に耳を傾けていた。
「もうね、旦那さんが大喜びで機嫌も良いらしいのよ。ほらあそこの家、娘二人とも結婚して家出ちゃってるでしょう?だから話し相手が出来て嬉しいのよ、きっと」
「あぁ……そうなのかもしれませんね」
基本的に多代の話に"意見"や"質問"はいらない。
"会話"をしようとしたところで、彼女にとってはそれは話の腰を折られた事と変わらない。
あからさまに不機嫌な顔をされるよりは相槌程度に止め、聞き役に呈した方が無難だという事を葵は知っている。
それでも話題が森川に関する事だからだろうか。
葵は淡々とした相槌を打ちながらも、多代の支離滅裂な話を聞き逃さないように意識はしていた。
話の殆どが夕方に電話を掛けてきた秋山の奥さんと多代のお喋りの内容でしか無いのだが、暫くの間ストレスに苛まれていた葵にとっては、ちょっとした息抜きにもなっていたかもしれない。
「それにしたって大きい人ね。2メートル位あるんじゃないかしら!?」
「あぁ、ありそうですね……」
185センチはあるとは思うが、150センチ程の多代から見れば森川は巨人にも見えるかもしれない。
多代は全体的には浅薄で常識に欠けたところがあるが、こうした無邪気な部分があるから完全には憎めず、ちょっと面倒くさい。