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貴方だけに溺れたい
第3章  屈辱と悪夢

「さっきね、葵ちゃんの所から戻った時に挨拶に来たのよ。礼儀正しくてびっくりしちゃった。それにあんなに背が高くてスラッとしててねぇ、私ったらこんなになりながらドキドキしちゃったわ」

"こんなになりながら"と言いながら口を開けて天井を見上げる多代の姿に、葵は森川と向かい合った多代を想像して笑っていた。
"挨拶に来た"というのは分かる気がする。
"礼儀正しい"というのも納得出来る。
しかしそんな話を初めて聞いたかのように振る舞うのは、少し複雑だった。

「でも、顔は智君の方が良いと思うのよね。あの人はちょっと厳つい感じがするから、笑ってなかったらちょっと近寄り難いわね。その点、智くんは優しい顔をしてるでしょう?」
「……………」

見上げてドキドキしてたのは、別の理由か?

比較に関しての同意は求めないで欲しいのだけど、葵は反論したい気持ちを抑えてどうにか作り笑いを返していた。
親が息子の顔を他人と比べて高評価するところはかなり引くが、それは今に始まった事では無い。
それに『親にとって我が子が一番』という気持ちは、理解出来ないわけでは無いのだ。
しかし葵は、多代のこうした親バカ発言を聞くたびに、この人は息子の事をどれだけ知っているのかとも思ってしまう。

確かに智之は、表面的には優しいだろう。
親思いの良い息子だとも思う。
葵に対しても二人きりの時は優しいし、おそらく他人が見ても、ドジで気の利かないお嫁さんを可愛がりフォローする優しい夫にも見えるかもしれない。

しかし裏を返せば、親や嫁の顔色ばかりを窺うくせに何もせず、他人の前では格好つけながら自分の評判ばかりを気にするような男でもあったのだ。

そして葵自身も、結婚するまで智之の本性に気付かなかった、否、気付こうともしなかった馬鹿な女だったのだが……。



***




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