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貴方だけに溺れたい
第3章 屈辱と悪夢
「それじゃ悪いけど、後はお願いね」
「はい、お疲れさまでした。お休みなさい」
「おやすみ」
多代が部屋を出たのは、21時半を回る頃。
食器を乗せた盆を持ち、今もまだ宴会が行われている部屋へと戻って行く多代の後ろ姿を見送りながら、葵は安堵と落胆の溜め息を吐いていた。
"安堵"は多代のお喋りから漸く解放されたという思いから。
しかし反面では、まだこの部屋に居て欲しかったと思う、矛盾した気持ちがあったのだ。
多代が居てくれれば、"あの男"は此処には現れないだろう。
否、現れたとしても、不可解な恐怖と不安に苛まれずに済むのかもしれない。
しかし"それだけの理由"で、多代が此処に居てくれるとも思えなかった。
当然だろう。
第三者から見れば、その男はただ葵に会いに来ているようにしか見えないのだから。
たとえ葵が"精神的な苦痛"を訴えたところで、逆に相手に対しての侮辱だと捉えられてしまう事も分かっているのだ。
理解しては貰えない。
訴えたところで『被害妄想だ』『あの人はそんな人じゃ無いよ』『気に掛けてくれてるのに、失礼だ』と窘められるだけで、後は葵に対する"我儘"と"自意識過剰"の烙印を押すだけなのだ。
それだけは充分に予想出来る事だった。
部屋に入る多代をを見届けた後、葵は廊下にまで響く喧騒を遮るように扉を閉め、傍に置いたオーガスタの鉢植えをその前に移動させた。
重さ15キロ程の陶器の鉢は、容易に扉を開けさせない為の対策ではあるが、男の力でなら簡単に動かされてしまう事も分かっている。
しかし葵にとってそれは、あからさまなの拒否の意思表示であり、もしもの時には逃げ出す為の時間稼ぎのようなものなのだ。
被害妄想?失礼?……冗談じゃ無い。
『あの人はそんな人じゃ無い』という男に、葵は一度、襲われかけているのだ……。