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貴方だけに溺れたい
第3章  屈辱と悪夢

__それから後の事は、よく覚えてはいない。

ただ布団に顔を埋め、必死でもがいていた。
仰向けでは無く横を向いていた事は、防御する上では正解だったのかもしれない。
葵は剥ぎ取られそうな布団を必死で掴み、無我夢中で竹村の拘束を振りほどこうとしていた。
何を考えていたのかも分からない。
ただただ驚いていて、怖くて、叫び出したかった。
しかし声なんて出るわけも無く、どうにか竹村をベッドから振り落とし、自分もまたリビングへと逃げ出した後も、葵はただ恐怖に駆られたまま、よろよろと寝室を出て来た竹村を凝視している事しか出来なかった。

覚えているのは、布団の上から感じた重みと、生温かく酒臭い息遣い。
そして腰の辺りで蠢くように繰り返されていた不快なほど乱暴で規則的な律動。
後は寝室から出て来た竹村が腰を押さえながら、何食わぬ顔で部屋を出て行った姿だけだ。
まるで本当に何事も無く、そして葵の存在さえも初めから無かったような態度だった。

葵はその後、智之が戻って来るまで動く事は出来なかった。
ただその場に座り込み、目の前のソファーの背凭れを掴んだまま震え続けていたのだ。

しかし智之にこの話をしたところで、状況は何も変わってはいない。

智之ははじめこそ怪訝な態度で竹村を批難したものの、今日に至るまで葵を守るような行動はしていない。
それどころか、お互いの親を心配をさせる事になるからという理由で『親には言わない方がいい』と口止めをしている。
挙げ句の果てには何度も不安を訴える葵に対して、竹村の人間性の良い部分を語り出し、『別に何もされてないんだから』『からかっただけだよ』『酔っ払ってただけ』と言いながら、繰り返される抗議にこそ理不尽な批判をするようになっていたのだ。

被害妄想。自意識過剰。気にし過ぎ。考え過ぎ。我儘。もう少し大人になってよ。

結局、智之は自分が一番大切で、物事が深刻な状況にならなければ何も分からないのだ……。


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