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貴方だけに溺れたい
第3章  屈辱と悪夢

コンコン……

「…!!!」

静まり返っていた室内に、軽く弾むようなノックの音が響いたのは突然だった。

部屋の外からは、此方に向かって来る足音も聞こえていない。
今しがたまで賑やかだった廊下からも、既に人の気配は消えていた。

それなのに不意に聞こえたその音だけで、葵は反射的に身を竦ませていた。

来た……?

そう思うと同時に、全身が硬直するほどの緊張に襲われるのはいつもの事。
心臓は早鐘のように鳴り響き、胸を圧迫されるような息苦しさに襲われる。

しかし始めから扉をの方を意識していた為か、その音の響き方には違和感も感じていた。

扉の音じゃ無い?

だからといって警戒心が緩むわけでは無いけれど。この部屋の出入口は扉の他には庭側の窓と勝手口しか無い。
勝手口は葵の居る場所から首を伸ばせは見えるが、スライド式のフロストガラスの向こう側に人影は無かった。
庭側の窓は家屋全体に高さがある為、外からは容易に入れないようになっている。
どちらも"扉"よりかは安全だった。

しかしノック音はその2ヶ所から聞こえたようにも思えず、葵は扉と向かい合わせに設置された小窓へと目を向けた。
レースのカーテンで閉じられた窓の下には自分の車が停まっているが、めいっぱい体と手を伸ばせば窓を叩く程度の事は出来る。

それでも、葵は暫し逡巡した後には扉の方へと向かっていた。

たった一度のノックでは曖昧だったのだ。
別の場所から聞こえたとしても、状況が変わるわけでも無く、葵の恐怖感は変わらない。
ただの"勘"だけで判断出来る事では無かった。

それに扉だったら、此方から開けなければ向こうから開けて来るのは分かっていて、鉢植えで止めたその隙間以上は絶対に開けられたくは無かったのだ。

けれど、恐る恐る扉へと向かう葵の姿は、窓の外側からも見えたのだろう。

コココンッ!

先ほどよりも大きく確かな音で、その音は急ぐように小窓の方から鳴り響いた。


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