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貴方だけに溺れたい
第5章 枷
脇道を抜けて本来の通りの反対側へと入るなり、葵はホッとして息を吐いていた。
「良かったぁ……」
無意識にそう呟きながら歩調を速めていたのは、十数メートル先にある宮本家の入口では、健一郎の妻の弥生が通りに向かって水を撒いていたからだ。
宮本家に関しては"お返し"を渡す相手が誰であろうと然程の抵抗は無いのだが、やっぱり同類相憐れむという意味では嫁同士の方が気楽だと思える。
とりわけ弥生はさばさばとした性格の快活な女性で、多少の強引さはあるにしても、葵にとっては話しやすいタイプの人間だった。
しかしこんな蒸し暑い最中に水を撒くなんて、ちょっとおかしい。
膝丈のバミューダパンツにTシャツ姿。
首に掛けたタオルで額を拭きつつ明らかに不機嫌そうな様子でホースを揺らす弥生の後ろの生垣にはデッキブラシが立て掛けられ、彼女が何をしていたかは察したけれど……。
「おはよう」
数メートル手前で気付いた弥生に挨拶をすると、おそらく彼女も葵が来る事は予想はしていたのだろう。
「おはよー」と応えつつ見せた顔には、やや皮肉めいた苦笑いが浮かんでいた。
「仕事じゃ無ければ、早いうちに来るだろうとは思ってた」
「今日は休み。胡瓜、ご馳走さまでした」
因みに嫁同士の場合は、相手が"お返し"を届けた時の状況などは余程の事が無い限りは話さないようにしている。
お互いに受け取った側の姑の反応は予想出来ているし、その度に話題にするのも無意味な事だと思うからだ。
弥生は葵の揚げた袋の中をちらりと覗くと「どうせなら挽き肉も入れといて欲しかった」と冗談交じりに応えつつ、放水を止めたホースを輪にして片付け始めた。
その表情は変わらずに堅い。
「ご機嫌斜め?」
ホースを巻きながら敷地内の水道へと向かう弥生を追いながら問いかけると、案の定、彼女は「まぁね」と呟きつつ、けして子供には見せられないような険しい表情を葵に向けた。
これは発散させた方が良いのかも。
「私でよければ話を聞こうか?」
しかしそう問い返しながらデッキブラシを忘れている事に気付き引き返そうとしたところで、ちょうど入口の前で立ち止まった女性に気付き、ドキリとした。