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喝采
第3章 おお、友よ
 斉賀一臣率いる「コレギウム・トウキョウ」による「ミサ曲ロ短調」の公演からおよそ一月後。

 谷田部は都内紀尾井町にある小さなホールで行われるアマチュア古楽団体の演奏会に、ソリストとして出演していた。
 指揮は加藤大輔。大学時代の友人で、普段は斉賀の元でテノールのパートリーダーを務めている。演目は奇しくも「コレギウム・トウキョウ」と同じ「ミサ曲ロ短調」だ。

「よろしくな、谷田部」
「まかせろ!」

 谷田部の楽屋を訪れて談笑していた加藤はドアノブに手を掛けてそういえば、と谷田部を振り返った。

「ロビーで雫石さんらしき人を見かけたような気がするんだけど、雫石さん来てるのか? お前、雫石さんと連絡取り合ってるんだろ?」
「玲音なら今はヨーロッパにいるはずだ」
「そっか。じゃ、他人の空似か。杖をついてたし、てっきり雫石さんかと思った」
「電話してみる」

 杖をついていた、という加藤の言葉が気になった。年齢や背格好だけならまだしも、杖をついた人間となると谷田部たちの年齢ではそう多くはないからだ。

「ダメだ。通じない。お前が見かけたのは玲音で間違いないと思うぜ。……ちょっとロビー見てくる」

 電波の届かない場所にいるのか、それとも電源を切っているのか。谷田部は後者のような気がした。そして雫石はたぶんここにいる。ホールではスマホの電源を落とすのがマナーだからだ。

 ヨーロッパにいるはずの雫石が、なぜ日本にいるのか?

 理由は谷田部にはわからないが、直接本人に聞けば済むことだ。谷田部は加藤と別れ、ロビーへ向かった。
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