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籠鳥 ~溺愛~
第10章
「……うちを、出たのか?」
その自分の言葉に、足ががくがくと震え始めた。
クローゼットへと引き返す。
作り付けの引き出しを開けてみると、そこは空だった。
美冬は鏡哉から買い与えられたものはすべて置いて行ったのだ。
誕生日に贈った白いワンピースでさえ。
「美冬……どうして――」
鏡哉はふらふらとリビングへと出て、ソファーの上に足を投げ出すように腰を下ろす。
すると、先ほどは気が付かなかったが、ローテーブルの上に一通の封筒が置かれていた。
鏡哉は上半身をばっと引き起こして、その封筒を手に取り中身を取り出す。
便箋には丁寧な文字が連なっていた。
『 新堂 鏡哉様
勝手ながら、一身上の都合で雇用関係を解消させていただきたく思います。
約一年半、大変お世話になりました。
どうかお体をご自愛ください。
鈴木 美冬 』
ひどく簡潔な文章だった。
そこからは一年半、濃密に接してきたことに対する思い入れは感じられない。
封筒をひっくり返すと、中からはマンションの鍵が転がり出てきた。
「………」
頭の中心がぼうと痺れたようになり、うまく思考できない。
(ここを出てどうする。また無理なバイトをして体を酷使し、無茶な生活を送ろうというのか――)
ここに来たばかりの美冬を思い出す。
両親の死によってどん底の生活に落とされ、親族にも放置されたというのに何かを呪うでもなく、自分の身を削りひたすらに毎日を生きていた。
だが、本人が一番切望していた勉学はおろそかになり、それには心底困り果てていた。
彼女はあの生活に戻りたいというのか。
(私と一緒にいることさえ、苦痛になってしまったというのか――)
ギリっ。
気が付くと奥歯を噛みしめていた。
腹の底からふつふつと、何に対する物なのか分からない怒りが込み上げる。
「……るさない……、私から離れるなんて、絶対に、許さない――!」
鏡哉が掌の中の便箋をぐしゃりと握りつぶした音だけが、広い部屋の中を満たした。