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きっかけは映画館
第13章 金曜日
「お手…」
ちょっとからかいたくなって、ひじ掛けの手をひっくり返して言えば、ビクンとするヒジオ。
「いいの?」
「手…だけならね…」
ヒジオは先週が嘘のようにおずおずと手を出して重ねてきた。
そして手のひら同士はなんか恥ずかしくて、手をひじ掛けに置くと、ヒジオの大きな手が包むように被さってきた。
スクリーンでは、もう二人は一つになっていて、男優が揺らめいていた。
最初は重ねるだけだったヒジオの手が、ギュッと握って来たり、指を指でなぞるような動きに変わる。
嫌じゃない、不快じゃない。
そんなことを確かめながらずっとヒジオに委ねていた。
ストーリーは、極シンプルで、二人には特にハプニングもアクシデントも障害になるものもない。
嵐の夜をきっかけに二人は度々体を重ねる。
二人の間にあるのは、互いに初めての相手でないという心理的な壁だった。
まさに、その壁を乗り越えるよう、互いの愛を確かめるように体を重ねる。
色んな形で色んな愛を確かめるように…
男は男で、自分が相手を満たしているかを苦悶し、女は女で、自分の全てを捧げられなかったことを悔やむ。
だが、愛を、言葉で、体で、確かめ合いながら、互いに相手を唯一無二の存在と認めているのに…
その一言が言えずに互いに不安になる。
立ったまま、玄関から入ってすぐに抱き合ったシーンは、女の誕生日にディナーを済ませ、女の家に送り届けた所でだった。
男は自らが女を欲するのが、情欲からか、愛情からか、わからなくなり不安になっていて、
夜を共にしないと決めて女を送り届けたのだった。