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エメラルドの鎮魂歌
第5章 青い鳥の唄
「これは…青山様…。お久しぶりでございます」
洗足学院の院長 嵯峨郁未は応接室に青山を招き入れると柔らかな微笑みと共に、右手を差し出した。
地味だが仕立ての良いスーツ姿に品位を感じるまだ二十代半ば過ぎの青年だ。
細面の京雛のように繊細に整った貌はいかにも名門貴族の子弟然としているが、その涼やかな瞳の奥には意外なほどに煌めく強い光があった。
「本当に久しぶりだね。
…確か、お父上の嵯峨公爵が大磯にご勇退される前に、お屋敷の夜会でお会いしたね」
青山は人好きのする笑顔で、強く手を握り返した。
「ええ。よく覚えています。僕が帝大を卒業した年でしたね」
「そうだった。公爵には今も大磯のお宅に飾る絵を我が画廊から買っていただいているのだよ。
…君が帝大卒業後、孤児院の運営を始められたと聞いた時は驚いたよ。
君は近衛師団に入隊が決まっていると聞いていたからね」
嵯峨郁未は、持ち前の柔らかな雰囲気を壊さずに微笑んだ。
「…ええ。生憎、入隊直前の健康診断で結核が見つかりましてね。症状は軽かったのですが、陛下のお近くに侍る訳にも行かず、取りやめたのです。
千葉の房総で静養していたところ、近くに別荘を構える弁護士から、孤児院の運営をしてみないかとの話を持ちかけられて、興味を持ったのです。
…ご存知の通り、軍靴の足音が喧しくなってきた今、皺寄せは全て貧しい人々…とくに恵まれない子ども達にいってしまっています。
孤児たちはその最たるものです。
国が運営している孤児院は劣悪で酷い有様でした。
…子ども達が逃げ出し、スラム街に身を寄せ合って生きている現状を知り、私は胸を痛めたのです。
その弁護士は破綻寸前の教会にかなりの援助をしてきたのですが、それだけでは立ち行かないほどに孤児達が詰め込まれていったのです。
…そこを追われたら、彼らはもう行く場所はありません。
私はすぐに父に掛け合い、洗足にある別邸を譲り受けそこに新しく私設の孤児院と学校を建設することを決めたのです」
熱っぽく語る郁未の瞳には若者らしい真摯な情熱に溢れていた。
「実に尊いお志だ。敬服しますよ」
青山の言葉に、郁未は少し照れたように笑った。
…その時、やや荒っぽく扉が開かれ…
「郁未、入るぞ。藍を連れてくるのはいいが、一体何の用だ?」
黒いアイパッチを着けた隻眼の長身の若い男がしなやかに入って来た。
洗足学院の院長 嵯峨郁未は応接室に青山を招き入れると柔らかな微笑みと共に、右手を差し出した。
地味だが仕立ての良いスーツ姿に品位を感じるまだ二十代半ば過ぎの青年だ。
細面の京雛のように繊細に整った貌はいかにも名門貴族の子弟然としているが、その涼やかな瞳の奥には意外なほどに煌めく強い光があった。
「本当に久しぶりだね。
…確か、お父上の嵯峨公爵が大磯にご勇退される前に、お屋敷の夜会でお会いしたね」
青山は人好きのする笑顔で、強く手を握り返した。
「ええ。よく覚えています。僕が帝大を卒業した年でしたね」
「そうだった。公爵には今も大磯のお宅に飾る絵を我が画廊から買っていただいているのだよ。
…君が帝大卒業後、孤児院の運営を始められたと聞いた時は驚いたよ。
君は近衛師団に入隊が決まっていると聞いていたからね」
嵯峨郁未は、持ち前の柔らかな雰囲気を壊さずに微笑んだ。
「…ええ。生憎、入隊直前の健康診断で結核が見つかりましてね。症状は軽かったのですが、陛下のお近くに侍る訳にも行かず、取りやめたのです。
千葉の房総で静養していたところ、近くに別荘を構える弁護士から、孤児院の運営をしてみないかとの話を持ちかけられて、興味を持ったのです。
…ご存知の通り、軍靴の足音が喧しくなってきた今、皺寄せは全て貧しい人々…とくに恵まれない子ども達にいってしまっています。
孤児たちはその最たるものです。
国が運営している孤児院は劣悪で酷い有様でした。
…子ども達が逃げ出し、スラム街に身を寄せ合って生きている現状を知り、私は胸を痛めたのです。
その弁護士は破綻寸前の教会にかなりの援助をしてきたのですが、それだけでは立ち行かないほどに孤児達が詰め込まれていったのです。
…そこを追われたら、彼らはもう行く場所はありません。
私はすぐに父に掛け合い、洗足にある別邸を譲り受けそこに新しく私設の孤児院と学校を建設することを決めたのです」
熱っぽく語る郁未の瞳には若者らしい真摯な情熱に溢れていた。
「実に尊いお志だ。敬服しますよ」
青山の言葉に、郁未は少し照れたように笑った。
…その時、やや荒っぽく扉が開かれ…
「郁未、入るぞ。藍を連れてくるのはいいが、一体何の用だ?」
黒いアイパッチを着けた隻眼の長身の若い男がしなやかに入って来た。