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エメラルドの鎮魂歌
第5章 青い鳥の唄
「…あいつ絶対頭がおかしいよ。
もう出禁にしてくれないかな?嵯峨先生」
ぶすっとした表情のまま、絵筆を走らせる藍に、郁未は苦笑しながら宥める。
…けれど、絵のモデルのポーズは崩さない。
「こら。仮にも目上の立派な紳士だよ。青山様と言いなさい」
「だってあいつが言ったんだよ。史郎と呼んでくれ…てさ。
…誰が呼ぶか、キザオヤジ!」
「藍。君は言葉遣いが悪すぎるよ。
少なくとも君はれっきとした貴族の血筋を引いているのだから…」
「貴族?母さんを苦しめたあんな家の血なんて嬉しくともなんともないよ」
憮然としつつも真剣に郁未を見ながら、絵筆をしなやかに走らせる。

…それを優しく見つめながら、郁未は先日の青山の申し出を思い返していた。

「藍くんに個人的に援助させてもらえないだろうか?
ゆくゆくは私は彼を引き取りたいと思っているのだ。
もちろん、彼が同意してくれたら…だが」
郁未は驚いたが、実は予感めいたものは常々感じていた。
青山は大変熱心に藍に会いに来るようになっていた。
そして郁未にこう打ち明けたのだ。
「藍くんには絵の才能がある。
彼は教育次第では素晴らしい画家になる道も開けると思うのだ。
私は彼に最高の教育を受けさせてやりたい。
戦争が終わったら、私はパリに帰国するつもりだ。
その時に藍くんを一緒に連れてゆきたいのだ。
パリは芸術の都だ。
絵の勉強をするには最高のところだ。
…それに…」
人好きのする柔らかな眼差しを不意に変え、真剣な色を強くした。
「…このまま彼を日本に留めて置くのは些か不安に感じてね…。
篠宮家のお家騒動に藍くんを巻き込みたくないのだよ」
「…青山様…」

郁未は、青山の申し出が一時の興味や関心のみではないことに感銘し、そして考えの深さに言葉を失った。

…確かに青山が言う通りだ。

藍にいくら絵の才能があってもここにいる限り、出来ることは限られている。
奨学金を得ながら大学に行かせてやることが関の山だ。
絵の勉強には金が掛かる。
進学を望む生徒は藍だけではない。
藍だけを特別扱いする訳にはいかない。
藍に必要な最高の教育を受けさせるには、青山の申し出は願ってもないことだった。

…更に言えば…。
篠宮家の内紛も気がかりだ。
外国に行けば、藍の身の安全も確保される。

…ここにいれば、いつ藍の身に危険が降りかからないとも限らない…。


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