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エメラルドの鎮魂歌
第7章 木漏れ日の道
「もうすぐクリスマスだね…」
絵筆を進めながら、藍は話しかけた。
暖炉の中で燃え盛る薪の爆ぜる音が、小さく聴こえる。
「…て言っても俺もクリスマスなんて、学院に引き取られて郁未先生から教えてもらうまで知らなかったんだけどさ」

学院で迎えた初めてのクリスマスイブは忘れられない。
寄宿舎の食堂のテーブルには丸焼きの七面鳥と、ブランデーを垂らし、青い炎が美しく燃え上がるクリスマスプディングが並んだ。
…どれも見たことがないようなご馳走だった。
郁未と鬼塚は、子どもたちにクリスマスプレゼントを贈ってくれた。
藍には水彩絵の具一揃いと絵筆、真新しいスケッチブック だった。
…その感激は、未だに忘れられない。
だから、クリスマスにはわくわくするような幸せな記憶しかない。

瑞葉は仏蘭西レースの長いドレスを身につけポーズを取ったまま、夜明けに咲く白い花のように微笑った。
「…そうだね。…その頃は…きっとこの辺りは一面の銀世界なんだろうな…」
長い睫毛がゆっくりと瞬き、窓の外を見上げた。
「へえ…。ここって、そんなに積もるの」
東京育ちの藍は雪とは無縁だ。
「…うん。僕も軽井沢の冬は初めてだけど、八雲が言っていた。
…ひとも動物も…すべてのものを拒むような…一面の雪の世界だって…」
藍は、筆を止める。

…美しい造形美の横顔…美しいエメラルドの瞳には、夢見るような…それでいて切ないような、哀しげなような…捉えどころのない不思議な色合いが浮かんでいた。

「…ねえ、瑞葉。あんた、このままずっとここで暮らすつもりなの?」
ゆっくりと振り返り、小首を傾げる。
「…え?」
「ここで、八雲さんと二人きりで…ずっと?」

藍は絵筆を置き、立ち上がり瑞葉のそばに歩み寄る。
「…八雲さんが…すごく瑞葉を大切にしているのは分かる。
分かるけれど…何だかそれは、瑞葉をここに閉じこめたいと思っているように見えるんだ。
…あの…あのさ…」

躊躇いながらも尋ねてみる。
「…瑞葉と八雲さんて…どういう…」
質問の最後まで、瑞葉は聞くことはしなかった。

蜂蜜色の美しい髪をさらりと揺らし、寂しげに微笑んた。
「僕はね…どこにも行けないんだ。
…ううん、行ってはいけないんだ」
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