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エメラルドの鎮魂歌
第8章 エメラルドの鎮魂歌 〜終わりの序曲〜
…数日後の深夜、瑞葉はそっと階下の階段を降りた。
八雲は、ここ軽井沢の屋敷でも居室を階下に構えていた。
…「部屋はたくさんあるのだから、二階を居室にしたらいいのに」
瑞葉がそう勧めても、
「私は使用人ですから。
階上は、ご主人様方の領域でございます」
そう淡々と答えたのだ。
…律儀な男なのだ。
忠誠心が強くストイックで私利私欲は全くない。
…彼の行動はすべては瑞葉の為に行われていたのだ。
ゆっくりと暗い廊下を通り、突き当たり奥の八雲の執務室の扉の前に立つ。
扉の前の僅かな隙間から、窓辺に佇む八雲の長躯の後ろ姿が垣間見られた。
…その姿は、胸が突かれるほどに孤独感に満ちていた。
執事の制服の上着を脱ぎ、白いワイシャツと黒色のベストと黒色のスラックス姿の八雲は、その全身に寂寥感を纏っていた。
いつものあたりを払うような強いオーラと存在感はなりを潜め…美しい凛とした背中には、孤高の哀愁が漂っていた。
…こんな八雲を見たことがない…。
瑞葉は思わず、その姿に目が釘付けになる。
人の気配に気づいたのか、八雲がゆっくりと振り返る。
そこに瑞葉の姿を認め深い瑠璃色の瞳を見開き、固まる。
…何と声をかけて良いのか、思い倦ねている苦しげな表情が見て取れる。
「…入って…いい?」
小さな囁きに頷き、迎え出ると、いつものしなやかな動作で椅子を勧めた。
瑞葉は首を振り、佇んだまま俯いた。
沈黙を破ったのは八雲だった。
「…瑞葉様、私のことをお嫌いになられても、構いません。
けれど、お食事は召し上がってください。
もう、三日も碌にお摂りになっていない…。
…このままでは…」
低く懇願するような言葉が漏れた。
「…お前を…嫌いになれたらいい…って、ずっと思っていた。
…でも…嫌いになれない…ううん…和葉が亡くなったのに…和葉はもう恋人に逢えないのに…なのに僕は…お前を愛している…!
和葉に策略を仕掛けたお前を…誰よりも愛している…!
…僕は…僕は酷い兄だ…!僕は…最低だ!」
涙交じりに切れ切れに言葉を紡ぐ瑞葉を、八雲が背中から強く抱きしめる。
「瑞葉様…!貴方は何も悪くはない…!
悪いのはただ私ひとりです。…貴方を…余りにも愛しすぎてしまった私の…!」
「…八雲…!」
涙に濡れた瑞葉の唇が、その続きの言葉ごと唇を奪う。
八雲の吐息から、静まり返った哀しみが伝わった。
八雲は、ここ軽井沢の屋敷でも居室を階下に構えていた。
…「部屋はたくさんあるのだから、二階を居室にしたらいいのに」
瑞葉がそう勧めても、
「私は使用人ですから。
階上は、ご主人様方の領域でございます」
そう淡々と答えたのだ。
…律儀な男なのだ。
忠誠心が強くストイックで私利私欲は全くない。
…彼の行動はすべては瑞葉の為に行われていたのだ。
ゆっくりと暗い廊下を通り、突き当たり奥の八雲の執務室の扉の前に立つ。
扉の前の僅かな隙間から、窓辺に佇む八雲の長躯の後ろ姿が垣間見られた。
…その姿は、胸が突かれるほどに孤独感に満ちていた。
執事の制服の上着を脱ぎ、白いワイシャツと黒色のベストと黒色のスラックス姿の八雲は、その全身に寂寥感を纏っていた。
いつものあたりを払うような強いオーラと存在感はなりを潜め…美しい凛とした背中には、孤高の哀愁が漂っていた。
…こんな八雲を見たことがない…。
瑞葉は思わず、その姿に目が釘付けになる。
人の気配に気づいたのか、八雲がゆっくりと振り返る。
そこに瑞葉の姿を認め深い瑠璃色の瞳を見開き、固まる。
…何と声をかけて良いのか、思い倦ねている苦しげな表情が見て取れる。
「…入って…いい?」
小さな囁きに頷き、迎え出ると、いつものしなやかな動作で椅子を勧めた。
瑞葉は首を振り、佇んだまま俯いた。
沈黙を破ったのは八雲だった。
「…瑞葉様、私のことをお嫌いになられても、構いません。
けれど、お食事は召し上がってください。
もう、三日も碌にお摂りになっていない…。
…このままでは…」
低く懇願するような言葉が漏れた。
「…お前を…嫌いになれたらいい…って、ずっと思っていた。
…でも…嫌いになれない…ううん…和葉が亡くなったのに…和葉はもう恋人に逢えないのに…なのに僕は…お前を愛している…!
和葉に策略を仕掛けたお前を…誰よりも愛している…!
…僕は…僕は酷い兄だ…!僕は…最低だ!」
涙交じりに切れ切れに言葉を紡ぐ瑞葉を、八雲が背中から強く抱きしめる。
「瑞葉様…!貴方は何も悪くはない…!
悪いのはただ私ひとりです。…貴方を…余りにも愛しすぎてしまった私の…!」
「…八雲…!」
涙に濡れた瑞葉の唇が、その続きの言葉ごと唇を奪う。
八雲の吐息から、静まり返った哀しみが伝わった。