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妹
第10章 居待月(いまちづき)
「でも……じゃあ、何故? ……なぜ、お兄様は――っ!」
雅は細い指で東海林のスーツの胸に縋り付き、必死な顔で東海林を見上げる。
何故、敦子を愛したのだ?
何故、子供を認知するというのだ?
妹の私を独占したいというのなら
――何故?
言外に出さずとも、雅の黒い瞳が雄弁にその心の内を語っていた。
加えて雅は覚えていないと言うが、月哉は加賀美との縁談まで雅に押し付けたのだ。
「……ずるい……」
雅がぽつりと、その紅い小さな唇からこぼした。
雅はそのまま微動だにせず、東海林の胸に縋り付いていた。
泣く事も、怒る事もなく――。
ボーン……ボーン……。
私室に備え付けられたアンティークの振り子時計が、十二の時を鈍重な響きで伝え続ける。
鳴り止むと、雅はゆっくりとその体を東海林から離した。
「……ごめんなさい、東海林。貴方には、本当にいつも変なところばかりを見せてしまう――」
「……光栄ですよ。それだけ雅様が、私に心を許していただいている証拠ですからね……」
雅が無理して笑うので、東海林もその努力を無にしないために、おどけて返す。
「ところで、あんな難しい曲、よくそんな小さな手で弾けますね。音大生でもなかなか弾きこなせないと思いますが……」
東海林がまじまじと、雅の小さくて細い手を見つめる。
(あの曲は高・中・低音部の三段譜で書かれているはずだが、この手でどうして引けるのだろう。しかも、こんな暗い部屋で、譜面も見ずに……)
「ふふ、凄いでしょう……普通この大きさでは弾けないわ」
腑に落ちない顔で見つめてくる東海林に、雅は笑ってみせる。
「悪魔に魂でも売り渡したのですか――?」
まじめな顔で腕組をして尋ねる東海林に、雅は一瞬びくりとしたが、やがて火が付いたかのようにお腹を抱えて笑った。
「ふふふっ 実は私、ハンドパワーを使えるようになったの」
雅はひとしきり笑うと、得意そうに小さな手の平を開いて見せる。
「ハンドパワーなんて、よく知っていますね」
東海林もびっくりして笑う。
雅はたまに、どこで仕入れたのかというような事を知っている。
「あら、信じていないわね――見ていて、今から奇跡をお見せします。部屋の電気を消してくれる?」