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妹
第3章 三日月
(なんだ。鴨志田を若手の育成に、利用しようと言うのね。しかも女を寄越すなんて――)
雅は木村を心の中で罵った。
「しかし、高嶋先生があの時の女性だったとは」
兄が急に話題を変えて楽しそうに笑う。
名指しされた敦子は、赤くなって恥ずかしそうに呟く。
「お恥ずかしいです……あんな醜態を、社長に見られていたなんて――」
「いやいや……これはひょっとすると、運命の出会いかもしれませんな」
木村も可笑しそうに二人を冷やかす。
(なに――?)
笑う大人達に取り残された形の雅は、話が見えず内心イラッとしたが、清楚な顔に微笑を浮かべ小首を傾げて兄を見る。
「ああ、雅、実はね……」
「社長!」
説明しようとした月哉に、赤くなっている敦子が割って入る。
「あはは、いいじゃないですか! 雅、高嶋さんこの前、自転車で私の乗った車の前で派手に転けられたんだ。しかも、カエルに驚いて!」
「だって、あのカエルこんなに大きくて! 絶対食用ガエルだったのですよ!」
からかわれた敦子が、両手で大人の頭ほどの大きさを現す。
「転ばれるまでは、颯爽として格好良いなと見とれていたのに……くくっ」
月哉はツボにはまったらしく、お腹を押さえて耐えている。
兄はかなりの笑い上戸なのだ。
雅は笑っている大人達に笑顔だけで同調し、冷静に状況を分析する。
間違いなく雅以外の大人達は、この担当替えに総じて賛成そうに見える。
「………………」
(しかし……お兄様が初対面の女に、こんな砕けた態度をとるなんて初めてだわ。いつもは紳士らしく、当たり障りのない話題を振って女性をもてなすのに――)
イギリスの紳士作法を幼小期から叩き込まれている月哉が見せる態度に、雅は当惑する。
刹那――。
雅の薄い胸に埋まっている心臓が、まるでその檻の狭さを詰るように大きく脈打つ。
子供なりに持っている女の感というものが、この女は危険だと、ガンガンと警鐘を打ち鳴らし始めていた。
(この女は危険だ。 危険だ――!)
雅はその黒い瞳の奥の奥、さらに奥に焼き付けるように敦子を見据えた。