この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
妹
第3章 三日月
一方で大人になることに潜在的恐怖を持つ雅には、兄の好む大人の女性に成ることも叶わない。
また、万が一そうなれたとして――その先には何があるというのか。
(私達は、兄妹なのだ――)
雅は細い手で顔を覆うと、リクライニングチェアの背にもたれ掛かった。
(だからお兄様……あと数年の間でいいから、どうか私だけのお兄様でいて――)
*
「お兄様、お願いがあるの」
食後のコーヒーを月哉の私室で飲んでいるとき、おもむろに雅は切り出した。
「なんだい? 雅がおねだりなんて珍しいな」
月哉はカップをソーサーごと取り上げながら、ウィンクしてよこす。
天井まで届く飴色に磨きこまれた樫材の書棚を背にソファーに座り、気だるげに長い両足を組んだ兄のその姿は一幅の芸術作品のように美しく、艶めかしい。
雅はつい見惚れ、その黒い瞳に熱いもの欲しそうな暗い炎がチラつく。
そんな雅を見つめていた月哉は一瞬、何故か満足そうに薄く微笑んで見えた。
雅は目を逸らすと、こほんと小さくわざと咳払いする。
「もう、お兄様ったら。おねだりじゃなくてお願いです」
月哉は十三歳も年が離れた妹が可愛くてしょうがないというように、いつも雅をからかって楽しむ。
雅ももちろん分かっていて、いつも可愛くて庇護欲をそそるような妹を演じている。
「お兄ちゃんはおねだりの方がいいなあ~~、今度お買い物行こう? 着せ替えゴッコしたい」
と忙しくてそんな時間もないのに妹を誘う。
「フリフリレースのワンピースでなければ、いいですわ」
雅はひと月前の銀座での買い物を思い出す。
兄が差し出す洋服はレースがふんだんに使われて、色もピンクやら水色やらファンシーなものばかりだった。
(着こなしてみせるけれどね。お兄様が私に小学生低学年の可愛いさを求めるならば、それが私だから――)
ただ、そういうファンシーな服を着た自分に最近――似合うのだが――なんとも言えない違和感を覚える。
(ああ、あれだ。ディズニーランドの不思議の国のアリスが、大人なのに少女のエプロンドレスを着こなし、とても似合っているのに何だか見てはいけないモノを見てしまったあの感じ……)
「似合うのになあ……それでお願いってなんだい?」