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爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第19章 5 王と姫と王子
 向きを変えて歩く環が自分の靴をまえに二人の夫婦が話しているのを見かけ慌てて駆け寄る。


「あ、あの、ムッシュウ、マダム。それ、私の靴です」
 ジャンとマリーは振り返って大柄な東洋人に目を見張る。

「ん? マドモアゼル、君のなのか」
「あ、はい」
 片言のフランス語と混じった英語で足をもじもじさせながら環は答える。
マリーは目を細めて赤い靴を見る。

「この靴はもう販売されてないはずなのに……」

 環は日本から履いてきた靴がボロボロでパリで買い替える際に、出来れば安くて丈夫なものをと店主に頼んだ。
 店に入ってきた大きな東洋人に店主はからかい半分で「4足買っても足りないんじゃないか?」と笑ったが、環は自分の足を指さし「大人のだと1足でも余ってしまう」と返す。店主は「こりゃあ参った」と薄くなった髪を撫で、店の奥からこのシューズを出してきた。

「ああ、フィリップの店に行ったのか」
「クロエの靴はいつもあそこで買ったわね」

 二人のしんみりした様子に環は首をかしげて見守った。
ジャンはグレーのジャケットを直して、マリーの肩を抱き、環に話す。
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