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爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第24章 重なる芳香
 初めて恋人同士の契りを交わした後、芳香は薫樹の胸の上で肌の温かさとフィトンチッドの香りを楽しんでいた。

落ち着きを見せる香りに薫樹は芳香の髪を撫でながら「突然ですまなかった」とわびる。
「いえ――嬉しかったです」

 今まで用意周到に準備をしたことがまるで嘘だったかのように二人は唐突に結ばれた。しかしこれまでの過程があったからこそ今夜結ばれることが出来たのだとも思っている。

「不思議だな。身体を重ねると、また君が欲しいと思い始めた」
「私もそうです」

 芳香の肩を抱く腕に力が込められた。

「今度、僕の家族に会ってほしい」
はっと芳香は薫樹を見上げた。
「――はい」

 薫樹の家族と会い、そのあと自分の家族に会ってもらおうと芳香はこの腕の中が現実のものであることをやっと実感していた。



 明日の仕事の準備があるので薫樹は少し眠り朝早く帰って行った。芳香は去って行く薫樹の後姿を見送り、部屋に戻るとまだ二人の交わった香りが残っていることに気づく。だんだんと薄らいで消えていく香りだが、甘く切なく余韻を残す。

「この香りは私と薫樹さんの……」

 さっきの乱れた自分を思い出して顔を赤らめる。芳香の部屋は一階の角部屋で、ちょうどいま隣の部屋が空いている。
少しだけほっとして、もう一度部屋の香りを吸い込んだ。

 初めての情事をまた反芻する。もう香りはほとんどなくなっているが、身体には薫樹の感触が残っている。
下腹部のちょっとした違和感が芳香に薫樹に抱かれたことが現実だったと思い出させる。

「薫樹さん……」
 次に会えばまた抱かれるのだろうかと、芳香は恥ずかしい気持ちと期待感を同時に覚える。

「また嗅ぎたい……」
 お互いの香りは、お互いを心地よくさせる香りだが、交わると淫靡で官能的で甘く切ない。
出勤の時間が迫ってきた芳香は慌てて支度し、部屋の香りに後ろ髪をひかれながら仕事に向かった。
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