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爪先からムスク、指先からフィトンチッド
第26章 兵部家の一族
 兵部家の男は代々、5感のどれかが程度の差はあれ飛びぬけるため専門職に就きやすい。父親は触覚に優れており、手触りの良さを織物に求めこだわり続けている。

「はあー。薫樹さんは嗅覚がずば抜けていますもんねぇ」
「兄は聴覚に優れていてね。調律師をやっている」
「はあー。すごいエキスパート一家ですねえ」
「どうかな。一代限りで後が続かないしね。父親のこだわりのおかげで苦労も多かったからね」
「苦労ですかあ……」

 凡人には理解しかねると芳香が首をかしげていると、ことんかたんと小気味の良い規則正しい音が聞こえる。


「機織りの音だ」
 ガサガサと草をかき分けると、開けた土地に出、かやぶき屋根の古民家が現れる。
「うわあ。こんなお家、雑誌でしか見たことないやあ」
 下から上まで見上げていると、薫樹がガタガタと引き戸を引き、土間の玄関から声を掛ける。
「帰ったよ」

 しばらく待つとするすると和服を着た女性が「あら?」と声をあげた。
「ただいま、母さん」
「おかえり……」
 一つにまとめて結い上げた髪の毛を触りながら薫樹の母、瑞恵は芳香に目を止めた。

「まあっ! 今日だったのかしら?」

 芳香は頭を下げ「は、初めまして。|柏木芳香《かしわぎ よしか》と申します」と挨拶をすると、瑞恵は「まあまあっ! 可愛らしいお嬢さん」とすぐさま近づいて芳香の手を取る。
するっと滑らかでしっとりした手に芳香はびくっとするが、瑞恵の吸い付くような肌が彼女の手にまとわりつく。

「な、なんて美肌……」

 父親の触覚がすぐれているということがよくわかる。恐らくこの肌の質感は薫樹の父親にとって最高とみなされたものなのだろう。

「母の瑞恵です。どうぞ、どうぞ。おあがりになって」

 薫樹の色の白さは瑞恵から受け継いだものだろうか。顔立ちは薫樹よりももう少し柔らかく、丸い瞳にぽってりとした丸い唇だ。
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