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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
翌日、暁蕾は予約したタクシーの中で、大判のスケジュール帳を広げ、てきぱきと説明を始めた。
「蘇州には世界遺産に認定された庭園がたくさんあります。
インスタ映えするスポットも目白押しですよ。
今日見学するのは拙政園です。
敷地は約五万㎡の広さがありまして、そのほとんどが美しい池や堀なのです。
全部見て回るのに二時間くらいはかかりますが、色々な庭園が散在しているので、場所によって様々な風光明媚な景色が楽しめますよ。
…それから飲茶のお店でランチ、夜は上海料理のお店を予約してあります。
…ミスター?…聴いていらっしゃいますか?」
暁蕾の声が尖る。
「…う〜ん…。実に色気のない服だ。酷すぎる。美人が台無しだ」
…白いシャツに黒の上下のパンツスーツ…
暁蕾の服装を上から下まで眺めて、片岡は唸った。
「ちょっと!やっぱり貴方は失礼だわ!」

憤慨する暁蕾を涼しい貌でいなす。
「言っただろう?俺は綺麗なものが好きなんだ。
連れて歩く女の服装は大切だ。
…昨日のチャイナドレスの君は美しかったなあ…」
暁蕾が鋭い眼差しで睨む。
「…サイテー…。
女のひとをアクセサリーくらいにしか思ってないんでしょう?
だからその年で男かもめなのよ!」
「かもめじゃなくて、やもめね。
…まあ、いたいところを突かれたな…」

苦笑いする片岡に、暁蕾は少しぎこちなく尋ねた。
「…聞いてもいいですか?」
「何?俺に興味を持ってくれたの?」
にやりと笑う片岡を冷ややかに見遣る。
「別に!ただの好奇心です。
…あの…。なぜ、独身なんですか?」

片岡は窓の外の異国の景色に眼を預けながら、独り言のように呟いた。
「…昔の恋人が忘れられないから…かな…」
傍らの暁蕾が息を飲む気配がする。
ゆっくり振り返る。
…そこに、その恋人に生き写しの女がいることを、片岡は切なくも…どこか微かに甘い感傷で受け止めるのだ。

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