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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…ミスター…?」
暁蕾が驚いたように眼を見開いた。
さらりと手に触れる黒髪は美しいが、澄佳のそれではない。
何より澄佳の髪にはもう触れることは出来ないのだ。
…けれど、この手に触れる暁蕾の髪は…艶やかなその輝きは、眩しいほどに…また生き生きと片岡の眼に映る。
そっとその美しい髪から手を離す。
「…花くらい飾らせてくれてもいいだろう?
おじさんの感傷に付き合ってくれ」
戯けて笑う片岡に、暁蕾は硬い表情をした。
「…ミスター・片岡。
貴方、以前こちらに来られたことがありますね?」
片岡は肩を竦めて見せた。
「…ああ。七年前にね。
全然変わっていないな…。
…あの時は…春だったから、彩りどりの花が咲いていた」
想い出を辿るように辺りをゆっくりと見渡す。
…あれは…
桃の花だったのか…。
…それとも牡丹か芍薬か…。
花の名前に詳しくない片岡には朧げな記憶しかない。
…ただ、その花の中に夢物語のように佇む澄佳が美しかったことしか…。
「…その別れた恋人といらしたのですか?」
澄佳に生き写しの貌で語られるのは、おかしな気分だ。
「そうだよ」
「…随分、愛していらしたみたいですけど、どうしてご結婚なさらなかったんですか?」
少し怒ったように尋ねる暁蕾に、唇を歪め偽悪的に答える。
「…俺には妻がいてね。
彼女は…愛人だったんだ」
未だに口にすると、胸の奥が微かに痛む。
…あの頃…二人の女に地獄のような苦しみを与え、傷つけてしまった己れの罪悪感はまだ息づいているのだ。
「…愛人…?」
暁蕾の美しい眉が跳ね上がる。
…次の瞬間…
「最低!
貴方は…最低の男だわ!」
この上ない冷たい侮蔑の言葉が、その花のような唇から鋭い弾丸のように飛び出した。
暁蕾が驚いたように眼を見開いた。
さらりと手に触れる黒髪は美しいが、澄佳のそれではない。
何より澄佳の髪にはもう触れることは出来ないのだ。
…けれど、この手に触れる暁蕾の髪は…艶やかなその輝きは、眩しいほどに…また生き生きと片岡の眼に映る。
そっとその美しい髪から手を離す。
「…花くらい飾らせてくれてもいいだろう?
おじさんの感傷に付き合ってくれ」
戯けて笑う片岡に、暁蕾は硬い表情をした。
「…ミスター・片岡。
貴方、以前こちらに来られたことがありますね?」
片岡は肩を竦めて見せた。
「…ああ。七年前にね。
全然変わっていないな…。
…あの時は…春だったから、彩りどりの花が咲いていた」
想い出を辿るように辺りをゆっくりと見渡す。
…あれは…
桃の花だったのか…。
…それとも牡丹か芍薬か…。
花の名前に詳しくない片岡には朧げな記憶しかない。
…ただ、その花の中に夢物語のように佇む澄佳が美しかったことしか…。
「…その別れた恋人といらしたのですか?」
澄佳に生き写しの貌で語られるのは、おかしな気分だ。
「そうだよ」
「…随分、愛していらしたみたいですけど、どうしてご結婚なさらなかったんですか?」
少し怒ったように尋ねる暁蕾に、唇を歪め偽悪的に答える。
「…俺には妻がいてね。
彼女は…愛人だったんだ」
未だに口にすると、胸の奥が微かに痛む。
…あの頃…二人の女に地獄のような苦しみを与え、傷つけてしまった己れの罪悪感はまだ息づいているのだ。
「…愛人…?」
暁蕾の美しい眉が跳ね上がる。
…次の瞬間…
「最低!
貴方は…最低の男だわ!」
この上ない冷たい侮蔑の言葉が、その花のような唇から鋭い弾丸のように飛び出した。