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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…ミスター、大丈夫ですか?お着替えはどうですか?」
遠慮勝ちにコツコツと扉を叩く音と共に、暁蕾の心配そうな声が届いた。
「ああ、大丈夫だよ。蘇州の温泉は素朴でいいな。おかげで温まったよ。
君は?」
片岡は借着の深緑色のチャイナシャツの布鈕を留めながら答えた。
「…私も…大丈夫です…」
声がしおらしく聞こえるのは、気のせいだろうか。


…二人して池に落ちたあと、それを見ていた近くの茶館の女将が見兼ねて風呂を貸してくれた。
あまつさえ
「あんたたち、着るものがないんだろ?
うちの息子と娘の昔の服で良かったら着な。
そんな格好じゃあたちまち風邪を引いちまうよ」
と服を提供してくれたのだ。


古い茶館の離れには、かつて経営していたという古めかしい民宿があった。
その民宿には今も温泉が湧き出ていて、内風呂として使っているという話だった。
素朴な石造りの温泉は、片岡の身体だけでなく心もじんわりと温めていった。

片岡は女将が貸し与えてくれた一室で身支度を整えた。
…民宿だった時の客室のひとつらしいその部屋には、年代物の広い黒檀の寝台…紗幕が掛かってている…や文机、椅子などがそのまま置かれていた。

「入っておいで、シャオレイ」
手拭いでざっと髪を拭きあげると声をかけた。

「…失礼します」
改まった声とともに、暁蕾が現れた。

…暁蕾は、石楠花色のチャイナブラウスに、アメジスト色のチャイナパンツという姿であった。

まだしっとりとした水気を残していそうな長い洗い髪はひとつに纏めて背中に垂らされていた。
…その結んだ根元には、あの赤い薔薇が律儀に挿してあった。

中国服の暁蕾は、伸びやかで溌剌とした…それでいてどこか艶やかな魅力に満ちていた。
素朴なブラウスとパンツは暁蕾の飾らない美しさをそのまま映えさせているようだった。

「…やっぱり君には中国服が良く似合うな。
とても美しいよ」
率直な感想に、暁蕾はむっとしたような…けれど、どこか照れているような表情で俯いた。
「…あの…」
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