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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
約七年ぶりに訪れた蘇州は、東洋のベニスとは名ばかりの低俗な騒がしい観光地と成り果てていた。

…片岡は蘇州の水辺の旧市街地…山瑭街の橋の上に佇み、やれやれと煙草を口に咥えた。

ここ山瑭街は明、清時代の古い町並みを再現した運河沿いに伸びる風情溢れる町だ。
かつて唐時代を代表する有名な詩人白居易が蘇州の長官であった時代、彼は運河を造らせた。
それは明、清時代に重要な物資運搬の路となり、この街は大いに栄えた。

美しくも古趣溢れる街は、近年世界遺産に登録された。
…それを機に、世界各国から物見遊山な観光客たちが押し寄せるようになったのだ。

こじんまりした運河には明時代の意匠を模した遊覧船が停泊し、観光客らが賑やかに乗り込み、そこかしこでスマートフォン片手に記念撮影に喧しい。

「…七年前はここまで俗っぽくはなかったがな…」
…独りごちて、石橋の手摺から運河を眺める。

…そうか…。
あの時は…澄佳がいたのか…。

不意に、片岡の鼻先に懐かしい楚々とした白い花の薫りが掠めたような気がした。

…かつて一番愛した女の面影が、魔法のように蘇った。

燻んだ深緑色の水面に、今もその胸の奥深く残る女の面影が、古い映画のフィルムのように浮かび、揺蕩う。


…「…恥ずかしいわ。…チャイナドレスでなんて…」
澄佳は中国服の店で着替えたばかりの蘇芳色のチャイナドレスの胸元を隠すように身を捩った。
船着場から先に舟に乗り込み、片岡は微笑んで手招きした。
「おいで、澄佳。
こんな美人は中国にもいない。
俺は自慢したいんだ」
手を差し伸べると、澄佳は躊躇した末に困ったような表情で舟に乗り込んだ。
片岡はやや乱暴にその白い手を引き寄せた。
「…あっ…」
澄佳は片岡の胸に倒れこむ。
そのまま深く抱き込み、強引に口づけた。
腕の中の儚げな美しい女はその身を震わせ…やがて、片岡の口づけに応え始めた。

…心得た船頭がのんびりと中国の舟歌を唄い、櫂を漕いだ…。



…すべては遠い昔の話だ…。

ぼんやりと物想いに耽っていた片岡は、不意に水面に映る澄佳の貌に驚き、はっと目を見張った。

…次の瞬間、背後から尖った声が掛かった。
「…あの。ここ、禁煙なんですけど…」

…振り返るその先には…
「…澄佳…?」
幻のように…かつての愛おしい恋人が佇んでいたのだ。

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