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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…まったく…。とんだタラシだわよ」
暁蕾はふくれっ面のまま、湯気の立つ小籠包をぱくついた。
「お陰で美味い小籠包が食べられたんだ。
感謝してほしいね」
女将の小籠包は驚くほどに美味だった。
熱々のスープには肉と野菜と茸の旨味が溶け込み、柔らかくもっちりした皮とともにつるりと喉越しも良い。
冷えた身体にはぴったりな食べ物だった。
「…確かに美味しい…!
私、仕事柄美味しい小籠包はたくさん食べているけど、ここのはベスト3に入るくらいに美味しいわ!」
素直に眼を輝かせて箸を進めるさまがとても愛らしい。
片岡は小さく微笑み、自分の蒸籠を暁蕾の前に押しやった。
「良かったら食べなさい。
俺はもう充分だ」
…女将は他にも、かりかりに焼き上げた油条や香ばしい大根餅、桂花香立羹など点心を大サービスしてくれていたのだ。
「…じゃあ、遠慮なく…」
美味しそうに食べるさまを微笑みながら見遣り、窓の外の景色に眼を移す。
…茶館の裏手にあるこの宿は、大通りから離れていてひっそりと人の気配も皆無だ。
窓際からは小さな水路が見える。
水郷の町 蘇州は東洋のベネチアと呼ばれている。
水路はさながら道路のように町を細かく巡っているのだ。
…そろそろ陽が傾きかけ、西陽がきらきらと川の水面を優しく照らしていた。
水路を渡る舟が、のどかに櫂の音と静かな水音を立てる。
その風景はどこか懐かしく…片岡の胸をひたひたと満たしていった。
「…あの…。
聞いてもいいですか?」
遠慮勝ちに暁蕾は口を開いた。
片岡は視線を戻す。
「…うん?」
「…どうして奥様がいたのに愛人を作ったのですか?
それから…どうして別れたのですか?
とても…愛していらしたみたいなのに…」
…澄佳に生き写しの貌に尋ねられると、思いのほか堪えるものだと、片岡は苦く思った。
片岡は温かな西湖龍井茶を一口飲んだ。
芳ばしい緑茶は、江南地方の銘茶だ。
「…長くなるが、いいか?
それから…あまり気分が良い話ではないよ…。
若い娘が聴くには…ね」
「構わないわ。聴かせてください。
…貴方のことを、ちゃんと知りたいの」
…澄佳に良く似た…しかし、澄佳ではない…暁蕾の凛とした眼差しが片岡を見つめていた。
暁蕾はふくれっ面のまま、湯気の立つ小籠包をぱくついた。
「お陰で美味い小籠包が食べられたんだ。
感謝してほしいね」
女将の小籠包は驚くほどに美味だった。
熱々のスープには肉と野菜と茸の旨味が溶け込み、柔らかくもっちりした皮とともにつるりと喉越しも良い。
冷えた身体にはぴったりな食べ物だった。
「…確かに美味しい…!
私、仕事柄美味しい小籠包はたくさん食べているけど、ここのはベスト3に入るくらいに美味しいわ!」
素直に眼を輝かせて箸を進めるさまがとても愛らしい。
片岡は小さく微笑み、自分の蒸籠を暁蕾の前に押しやった。
「良かったら食べなさい。
俺はもう充分だ」
…女将は他にも、かりかりに焼き上げた油条や香ばしい大根餅、桂花香立羹など点心を大サービスしてくれていたのだ。
「…じゃあ、遠慮なく…」
美味しそうに食べるさまを微笑みながら見遣り、窓の外の景色に眼を移す。
…茶館の裏手にあるこの宿は、大通りから離れていてひっそりと人の気配も皆無だ。
窓際からは小さな水路が見える。
水郷の町 蘇州は東洋のベネチアと呼ばれている。
水路はさながら道路のように町を細かく巡っているのだ。
…そろそろ陽が傾きかけ、西陽がきらきらと川の水面を優しく照らしていた。
水路を渡る舟が、のどかに櫂の音と静かな水音を立てる。
その風景はどこか懐かしく…片岡の胸をひたひたと満たしていった。
「…あの…。
聞いてもいいですか?」
遠慮勝ちに暁蕾は口を開いた。
片岡は視線を戻す。
「…うん?」
「…どうして奥様がいたのに愛人を作ったのですか?
それから…どうして別れたのですか?
とても…愛していらしたみたいなのに…」
…澄佳に生き写しの貌に尋ねられると、思いのほか堪えるものだと、片岡は苦く思った。
片岡は温かな西湖龍井茶を一口飲んだ。
芳ばしい緑茶は、江南地方の銘茶だ。
「…長くなるが、いいか?
それから…あまり気分が良い話ではないよ…。
若い娘が聴くには…ね」
「構わないわ。聴かせてください。
…貴方のことを、ちゃんと知りたいの」
…澄佳に良く似た…しかし、澄佳ではない…暁蕾の凛とした眼差しが片岡を見つめていた。