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蘇州の夜啼鳥
第1章 ランタンの月
「…ミスター片岡。
私をコンパニオンかなにかと勘違いされてませんか?」
豪華で重厚な内装の蘇州玄妙酒店のダイニングルームの奥…紫檀の円卓テーブルの前に座ってもなお、暁蕾は不機嫌のままだ。

「いや、間違えてはいないよ。シャオレイ。
…君の好きな料理を頼んでくれ。任せるよ。
俺は酒が飲めたらそれでいい」
片岡はウェイターに紹興酒をオーダーしながら笑った。
「変な発音で呼ばないで下さい。
それにファーストネームで呼ぶなんて馴れ馴れしいです。
ミス・祭と呼んで下さい」
無愛想に応えながらも、暁蕾はウェイターに中国語でオーダーしつつ片岡に丁寧に生真面目に料理の説明をする。
「…上海蟹…はご存知ですね。ここの上海蟹は上海で食べるよりも身が詰まっていて美味しいです。
紅焼肉…豚の角煮です。甘辛く煮てあるんですけど、しつこくはないです。
龍井茶と海老の塩炒め…さっぱりとしているので日本の方には好評です。
高山豆苗…青菜炒めです。日本の豆苗より癖はないと思います。
それから蒸肉粽…角煮入りの粽です。
蓮の葉で蒸しているので香りが良いんです。
…あとは小籠包が有名なのでそれを…。
デザートは豆花…ふんわりしたお豆腐に甘く煮た小豆と蜜を掛けて食べるんです」
「充分だ。ありがとう」
…すぐに付け加える。
「君が好きなものも頼みなさい。
遠慮しないで」
暁蕾は一瞬躊躇し…少し恥ずかしそうに告げた。
「…じゃあ、エッグタルトを二つ…何ですか?」
「いや、やっと娘らしい貌を見られたな…て思ってね」
くすくす笑う片岡を睨みつけると、本革のメニューをウェイターに渡し、憮然とした。
「…ここのエッグタルトはダイニングでないと食べられないんです…」
「へえ…。そりゃ良かった」
にやにや笑う片岡につんと眼もくれず、別のウェイターが注いだ紹興酒に角砂糖を無造作に入れると一気に飲み干した。
「…飲まなきゃやってられないわ!全くもう!」
片岡は思わず吹き出した。

…澄佳に生き写しだが、性格は全く似ていない…。
こんなに怒りっぽい女は初めて見た。
中国人の気質なのかな…。

…正面の小さなステージでは、伝統的な長袍を着た若い男が静かに二胡を奏で始めた。






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