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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第4章 柔らかな寝台と触れた熱
 人生とは、何が起こるか、わかったものではない。

 生まれてこの方腰を下ろしたことなどないほど、豪奢な細工の寝椅子に座って、陽色はその部屋をゆっくりと見渡した。

 連れてこられたときと、風呂に入れられる前と、それから今。

 幾度見渡しても見飽きない。さほど大きな部屋ではないのに、まるで此処はひとつの世界。どこもかしこも、陽色のひとみよりも、幾分も上品な紅色をしている。

 何より陽色の視線を捉えて離さないのが、大きな棚いっぱいに並んだ人形とぬいぐるみだった。

 真新しいドレスを着た、うつくしい少女たち。
 たっぷりと綿を含んで柔らかく膨らんだ動物たち。
 これ、家族なの、と訊いてみると、彼女はひとみをまるくしたけれども。

 こうやって、大事に大事に並べられているのだから、それなら家族に違いないと、陽色は思う。新しいものの数が少ないわけではないけれど、古ぼけたものも多いのだから、おそらく何度も補修しているのだろう。こんなに丁寧に扱われているのであれば、サアカスにいたときの己より、余程大切にされている。

 彼女は陽色に白い襯衣を着せ(彼女のものに違いないが、さして丈も袖も余らない)、ふかふかやわらかい上等な毛布を渡して、そこで寝たまえと寝椅子を指さした。

 時折夜を明かす安宿よりも、ずうっと上等な座り心地。独り占めしてもよいのか、気が引ける。

 彼女は赤煉瓦の時計塔、荊の扉の向こう側で生活していた。そう、生活、していた。部屋の中、外周に添って地階へと進む螺旋階段を下りると、小さなキッチンと風呂場と便所があり、下手な宿屋よりも快適に生活できる空間となっている。

 どうにもおかしなところに住んでいる。
 さすがの陽色も思ったけれど、そこには何か事情があるらしかった。

 そもそも警察の、どう考えても階級の高いらしい雨宮や藤堂を相手に、彼女は全く引かなかった。考えるまでもなく不思議だ。

 でも、たずねたところで、彼女は恐らく教えてくれぬであろう。だから、今のところ、それについて訊く気はない。いずれ彼女が教えてくれる時が来たら、その時は、黙って耳を傾けようとは思えども、自ら行動することはしないと決めた。
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