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聖愛執信、或いは心中サアカスと惑溺のグランギニョル
第5章 探偵少女と見世物劇団
 これ、と呼ばれても意に介した様子もなく、西園寺の姉はにこにこ笑う。

 ふんふんふふん、紡がれる鼻歌は、聞いたことのない、けれど何ともうつくしい音階だった。

「とっても素敵な曲、なんて云うの」

 姉は少しだけひとみを雅弥に向け、にんまりと微笑んだ。

「今作ったの! 貴方のための曲もつくるから、ちょっと待ってて」
「まあ! 素敵!」

 はっきりと云えば、西園寺理央の姉は天才だ。

 姉が、と云うより、兄、姉、そして理央、三人ともが天才と呼べる人間である。その中でも、西園寺の姉は音楽に関して異様なまでの才能を有していた。およそ彼女の知るすべての楽器は、彼女のために至上の音色を奏でる。何かしら彼女の琴線に触れる出来事がある度、即興でつくられる曲は、ひとの心を容易く動かす。未だ彼女を崇拝している者も、決してすくなくはないはずだが、本人は鮪漁船だの樹海だの山奥の神社だので楽しく過ごしているようだ。

 西園寺は、どうやら一切話を聞く気のないらしい姉の上着のポケットに権利書をねじ込み、階段を下り始めた。

 この女の気まぐれにいちいち付き合っていたら、確実に身が持たない。陽色が気絶させた男は、このまま警邏に引き渡してしまおうかと思う。

 狭い階段で頭を寄せ合うふたりを眺めていた陽色も、そうっとそこを離れ後をついてきた。

 いいのかい。

 西園寺は、少しばかり震える声で、そう訊ねる。

 黒い髪を揺らして、片目のお人形はそうっと頷いた。

 あんたの、お人形になるって、云ったから。

 そしてふいに、何気なく踊り場に転がる男を一瞥した陽色は、それまでのもの静かな動作をすっかり忘れて、大声で叫んだ。

 転がる男の肉体の下、陽色が胸に抱いていた筈のレコオド盤が、折れて転がっていた。
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