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フレックスタイム
第4章 孤高の女
藤沢で乗り換えして鎌倉に向かった。
お母様は海が見える高級そうな有料老人ホームに入っていた。


「母さん、こちら新しい秘書の佐藤百合さん。
家政婦さんが辞めちゃったから、
ケンと家のこともお願いしてるんだ」

「初めまして。
佐藤百合と申します。
社長には大変お世話になっております」と頭を下げた。

ちょっと厳しいお顔をしているお母様は、
私のことを見て、

「そうなの。
宜しくお願いしますね?」と言った。

「お茶でも一服、差し上げたいけど、
腱鞘炎になってしまって、
上手に点てることが出来なくて…」と言うので、

「宜しかったら点てましょうか?
たねやさんの水羊羹をお持ちしましたので…」と言った。

「あら。それは嬉しいわね」と、
茶箱を出してくださったので、
茶巾を洗ってから畳み直して、
お母様と社長に、薄茶を出した。

きめ細かい泡立ちの薄茶や、
茶碗を廻す方向を見て、

「裏千家ね?
先生はどちら?」と訊かれたので、
名前を言うと、

「あら。懐かしい名前だわ?
女学校からの同級生でしたのよ?」と言って、初めて笑った。

ついでに祖母の名前を出すと、
「まあ、女学校でも茶道教室でも、
大先輩だったわ。
懐かしい…
確か、一昨年…」

「はい。
心筋梗塞で…」

「残念でしたわね」

「ケンも、お抹茶、飲んでみる?」

「あら?
この子は飲めないでしょ?」と言うけど、

「ケンも飲みたい」と言ったので、
少し量を少なくして、薄めに点てると、
美味しそうに飲んで、
茶碗を回して、

「結構なお点前でした」と日本語で言った。

「まあ!
ケンちゃん、凄いわね?」と言うと、

「グランマ、いつもそう言ってたよ?」と誇らしそうに言った。

「ケンちゃん、良い子ね?」と、
お母様がケンの頭をそっと撫でると、

「良い子にしてると、
リリィがマミーになってくれるんだ」と言う。

私は驚いて、社長を見てしまう。

お母様が、可笑しそうに笑うと、

「2回も失敗した翔吾さんにしては、
素晴らしい花嫁候補を見つけてきたこと!」と言った。

「あの…私、単なる部下ですので…」

「難攻不落なんだけど、
俺としては、結婚したいんだ。
良い報告出来るように頑張るよ。
それと…
家に戻ってくれないかな?って思ってる。
ちょっと考えてくれるかな?」

そんな話をして、帰宅した。
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