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鬼の花嫁
第1章 プロローグ


澱がどんよりと溜まり、重たげな雲が夜空を覆い隠していた。爛々と光を放っていた上限の月も、今はどこか霞んで遠くに見える。
 そんな朧気な月影の元、父に呼び出された李蘭(りらん)は艶やかな牡丹花の着物を身に纏い、結えていない黒髪を垂らし俯いていた。
 招かれた意も知らぬまま呼び出されたので、彼女の顔には薄らと不安の色が映し出されている。まん丸い満月のような形の瞳が玉のように転がり、今にもこぼれ落ちそうだった。赤い紅を飾る唇も微かに震え、妖艶な風采を放っていた李蘭の面差しは一変して幼児のようになる。

 こうして父と二人きりで話をすることは、記憶の限りでは今までになかった。他の兄妹たちと比べると、父は李蘭のことをあまり好いていないからだ。そのことに関しては李蘭も察していたし、いつしか心は冷めきってしまい、どうでもよくなってしまっていた。
 こうして父の普段の対応を改めて思い返すと、李蘭だけ呼び出された意がやはり浮かばない。姉や妹たちがよく縁談の吉報に父の元を訪れていたが、まさか幼児の時から悪鬼に取り憑かれ、挙句に病に侵された身体を持つ李蘭にそのような知らせが同じようにして舞い降りるだろうか。
 なんにせよ、この窮屈で居場所のない屋敷から逃げ出せるというなら、縁談の知らせは李蘭にとっては救いでもある。
 李蘭はそんな期待を抱きながら、いつまでも口を開かない父の顔を恐る恐るに伺った。
 こうして見ていると、知らぬ間に父は随分と年老いた気がする。
 困ったような顔をする彼の額には、以前対顔した時よりも皺が増えているし、生気を失った髪はだらしなく項垂れていて、かさついた唇も色を無くしていた。
 父の顔をまじまじと見つめていると、ふいにその視線がかち合った。李蘭の鋭い視線が催促されるように感じたのだろう。父は申し訳なさそうに李蘭を見つめると、その薄く青白い唇を小さく震わせた。

「突然呼び出して悪かったなあ。驚いただろう」

「あ、い、いえ、私は大丈夫です」

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