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だから先生は頼りない
第1章 指先
三度目の正直と伸ばした先に願いを込めると、背後から影が覆い耳元で声がした。
「その隣だ」
びくんと体が跳ねてしまい、すぐ後ろにいた針谷の顔に頭突きをしてしまう。
互いにぶつかった所を押さえて身を屈める。
沈痛な静寂が漂った。
まさか真後ろに来ているとは思っておらず、恐る恐る顔を見ると、顎を押さえて眉根にこれでもかと皺を刻んでいた。
「ご、めんなさい……」
「足と、これか」
「え?」
「二箇所だ。この数分で」
「ああっ、本当にすみません」
つい先ほど足を踏んだばかりだということを忘れていた自分に腹が立ち、頭痛も吹き飛んで涙が押し寄せてくる。
さっさと逃げようと教えてもらった箱から赤のチョークを三本掴み取って、足場に注意を払いながら針谷の元に向かう。
「ありがとうございました。すみません」
「待て待て」
そのまま横を通り過ぎようとした襟元に指をかけられ、喉がキュッと締まり後ろに体が反る。
「んくっ」
急いでシャツを引っ張り、何をするんだと見上げれば針谷が優しく目を細めていた。
え、見たことない。
しかもこんな近くで。
「手、見せてみろ」
「あっ」
右手を持ち上げられ、光にかざして目線を這わせる。
二センチほどの木のささくれが皮の下に刺さっていた。
見ると痛いので目を逸らす。
「大丈夫です、自分で抜くんで」
「ピンセットは?」
「持ってるDKいないでしょう」
針谷はポケットに手を突っ込み、銀色の金具をつまみ上げた。
「持ってる先生はいるんですねえ」
おどけた低音に口元が緩んでしまう。
なすがままに手のひらを預け、ぐっと指で押さえられる。
「俺、中学剣道部だったんで、結構よく刺さってたんですよ」
「ああ、竹刀か」
ガチンとピンの先が噛み合わさり、もどかしく木の先端が揺れる。
鈍い痛みが断続的に手首まで走るが顔に出さないよう力を込めた。
「僕はね、一番酷いので五センチくらいのが頬に刺さったことがある。思い切り棚に顔を擦って」
「壮絶っすね。喧嘩ですか?」
「よくわかったな」
「マジっすか……」
笑いが漏れてしまう。
身長百八十越えの針谷に誰が喧嘩を売るのだろう。
体当たりしても微動だにしなさそうな胸板をつい見つめる。
「強そうですもんね」
「弱かったよ。じゃなきゃ顔は無傷のはずだろ」
「痕もないですけど」
「十年も前だからな」