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だから先生は頼りない
第1章 指先
十年前と言っても既に大学卒業しているのではないか。
学生時代ではないことに些か穏やかならない過去を想像してしまうが、口にはとても出せない。
「お、取れそうだ」
しっかりと針の先端がささくれを固定し、クッと手首をスナップして抜き取られる。
ぞくりと奇妙な感覚が背中を這い上がった。
こう、咥内に入った髪の毛を抜くときみたいに。
気持ち悪さと、気持ちよさの中間。
少しだけ血の滲んだそれを床に落とし、針谷はピンを指で拭った。
「痛みはないか」
「全然平気です。ありがとうございました」
「今度来るときは懐中電灯が必要だな」
「もうコケませんよ」
「フリか?」
「もう、いいです」
散々みっともないところを見られて声を張る気も起きなかった。
溜息を吐いてから今の現状を認識する。
狭い部屋に針谷と二人きり。
しかも、ここに来ていることは知られていない。
離れの階段で、生徒も教師も近寄らない。
昼休みだから足音や会話は遠くから聞こえるものの、夢みたいな状況に心が舞い上がる。
「あの」
「じゃ、僕はプリント作成があるから」
そう神様は甘くない。
仕事を言われては反抗する口実もなく、針谷が開いてくれた扉からトボトボと外に出る。
職員室に消えていくセーターを見送り手のひらを顔の前に掲げた。
治療してもらった。
その事実で頬がピクリと震える。
触ってもらった。
肩も、手のひらも。
それに耳元で囁かれた。
なんだよ、くそ。
最高じゃんか。
耳まで熱くなってきて急いで電気を消し、階段を上る。
パンの袋を握る手は汗ばんで、落としそうだった。
「おせーよ、新城」
弁当に手もつけずに待っていた蜂須賀がスマホから目を挙げて睨みつけてくる。
「ワリ、リアルに忘れてた」
「おうコラ、フザケンナ」
「聞いて聞いて、針谷先生にささくれ抜いてもらった」
「一発抜いてもらった?」
「んなわけねーだろ」
有頂天になりかけていた頭に冷水をかけてくれるのが親友のいいところだ。
パンにかじりつき、やけに硬い生地を咀嚼する。
「話してから食えよ、アルパカかよ」
「アルパカじゃねーよ」
「針谷と一緒にいたの?」
「おう。チョークが切れてるから補充してって頼まれて。階段下の倉庫あるじゃん? 案内してもらった」
「逢瀬じゃん」
「なのかなー」
「デレデレすんな」