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小綺麗な部屋
第1章 雪崩
我ながら冷静に考えれば狂っている。
メニュー表を店員に返し、注文を終えて少年を見る。
こんな小さな子と、出会って数十分の他人とレストランに入るとは。
お冷をゴクゴクと飲みながら、見慣れない店内を見渡している。
グルメサイトによるとランチの平均予算が二千円という、少年には小洒落た店だ。
少々驚かせたくてチョイスした自分に笑える。
期待通りのきょどった反応が面白いのだ。
なんだ、よほど最近疲れていたのか。
「家はどこなんだ」
「言わない」
「どうして」
「言ったら、お兄さん送るんでしょ」
「それを条件で連れてきたはずだが」
高圧的にならないよう気を払うが、少年からはどう見えているのかわからない。
「どうしたいんだい?」
解釈を委ねる抽象的な質問に切り替えてみる。
グラスを置いて、唇を突き出してからこう答えた。
「雪村イツキ……です」
「え?」
「名前。自己紹介もしてなかったから。お兄さんは?」
日本人の挨拶は名刺交換から始まる。
こんな小さな子どもすらその伝統の中を生きてるのだろうか。
虚を突かれて体重を乗せていた両腕から身を起こし、顎を引く。
「申し遅れました。浦田響、好きに呼ぶといい」
「ひーくん」
「それは……」
「浦田さん」
「イツキくん」
「決まり」
「そうだな」
ポンポンと打ち返される言葉は心地よく、裏の心理など考えなくても良い穏やかな空気が一層頭の締め付けを緩めてくれる。
イツキともっと共に居たいとぼんやり考えていた。
運ばれてきた料理を美味しそうにたいらげて、幸せに口角を上げるのは子供そのもの。
こちらまで余韻が倍増する。
「デザートたのんでもいい?」
「いくらでも」
「じゃあねー、ティラミスとプリンアラモード」
「入るのか」
「入る」
体の大きさも理解してないくせに。
いちいち意地悪く言い返してやりたい衝動に駆られるが我慢する。
この雰囲気を崩したくはない。
エスプレッソで舌を潤しながら、あまり明かされていない素性に近づいてみる。
「いつぐらいにこっちに来たんだ」
「朝十時とかかな」
「何してた」
「本屋さんで立ち読み」
「週刊漫画か?」
「んーん。文庫本。図書館に置いてあるシリーズの最新巻。面白いの」
新書以外を最後に読んだのが思い出せない。
毎年受賞作を追っていた時期もあった。