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担当とハプバーで
第3章 踏み入れた入口

 もしここで、ハヤテが指定する酒を入れたら同伴してくれるとでも言ったら従ったかもしれない。
 でもまだ片手の指ほどしか来店していない私に、ハヤテはそんなことしない。
 いつものように笑って、グラスを傾けて。
 嬉しい言葉を次々浴びせてくれる。
 それはあまりに今の私には刺激が強い。
「ハヤテはなるべくしてホストになったんだろうね」
「あ、ちょっと皮肉だろー」
「ううん。おかげで出会えて嬉しい」
 ああ、ダメだ。
 しばらく離れないと。
 この目と香りと居心地の良さから離れないと。
 ここを居場所にしてしまったらダメだ。
 そっとテーブルにグラスを置く。
 涙が溢れてきそう。
「辛くなったらいつでも連絡しろよ。いつ店に行くとか、予約だけじゃなくてさ。返信はすぐにはできないかもだけど。凛音の相談ならいつでも乗るから」
 大きくて温かい手が、私の手の甲に重なる。
 なるべくこの感触を忘れないようにしよう。
 今の嬉しい気持ちも。
 だから、記念にいいかな。
「ねえ、ハヤテ。ドンペリロゼなら入れてもいいでしょ」
「……ああ、ありがと」
 オーダーしてから、ハヤテが神妙そうにシャツを正す。
 言葉を選ぶ沈黙の間にボトルが運ばれてきた。
「凛音お姫様からドンペリロゼいただきました!」
 明るい音楽とマサヤの声。
 溢れるほどに注がれたグラスを互いに持って。
 口元にマイクを押し当てられたハヤテが苦く笑ってから、コールに応じる。
「今宵も動画を見てきたの、我らがジャックの熱い視聴者、凛音お嬢さん、一緒に飲みほせ、ドンペリロゼ!」
「姫が飲むなら王子もね!」
 グッと熱くなった空気の中でハヤテと乾杯する。
 ああ、指が震えてる。
 乾いた喉に流し込むように、ゴクゴクと。
 さっきのコールでスイッチが入ったように。
 一滴もこぼすことなく飲み終えたハヤテが、まだ三分の一しか進んでいない私のグラスを引き止める。
「無理すんなって」
 それから代わりに飲み干した。
 拍手の音と、眩しいライト。
「いきなりコール始まってびっくりした? 残りはのんびり飲もうか」
 夢のように一瞬で熱い波が過ぎ去り、穏やかな時間が戻って包み込む。
「ホストしてるハヤテ見れてよかった」
「こしょばいて。なあ、凛音。気前いいんは餞別だからとか言わんよね?」
 言わないよ。
 本当のことなんか。
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