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張型と旅をする女
第1章 始まり
「私」はそのひとを、両親やごく僅かにいる友人にも婚約者として紹介していた。
形だけでも、と行うことにした結納の日取りなど具体的な話が進んだ辺りから相手の様子がおかしくなった。
そして、そのひとは消えた。
逃げた、が正しいのかもしれない。
勤めていた会社もとうに辞めていて、何やら夜逃げするようにアパートを出ていったらしい。
本人と連絡がつかないのだから、本当のところは知りようがない。
「私」は冷めたものだったが、両親は詐欺だの慰謝料請求だの大騒ぎをし
一部の友人は婚約者に対して『探し出して目の前に連れて来る』などと本気で怒っていたが、事情を漏れ聞いた親類や同僚の殆どは大衆紙のネタ如く面白がっている事は知っていた。
相手の両親は一度は実家に謝罪に来たものの父がバケツの水をかけて追い返してしまった。
数日後慰謝料と思われる相当な金と一緒に「これで勘弁してください」と手紙が送られてきた。義両親ともそれっきり音信不通となった。
本当にどうでもよかった。いや、どうでもよくなったのだ。
世の中には情夫を絞殺した上その局部を切りそれを胸に数日逃亡していた女もいたという。最近もそれを模倣したかのような事件があったとうっすら記憶している。
一生を添い遂げようと一度は思った相手だが、正直そこまで愛しているかというと即答できない。
「私」はきっとどこか情愛に欠けている。
しばらくして会社も辞め、住まいを引払うと慰謝料は両親にそのまま渡した。孫を見せられない「私」からの謝罪も含めて。
おかげで自由な時間が出来、また「私」にも僅かな貯えと退職金があったから、少し遠くに旅に出ることにした。