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映える恋(掌編小説集)
第2章 ひとしずく、夜に落ちて
窓の外で雨が鳴っている。ぽつり、ぽつりと、まるで心の奥をノックされているような音。

紗世(さよ)は、ソファに沈みこむ私の隣で、黙って紅茶を飲んでいた。さっきまでの笑顔が嘘みたいに静かで、私の鼓動だけがやけに大きく聞こえる。

「……まだ、帰らないで」

その言葉は、思っていたよりずっと小さくて、だけど嘘じゃなかった。彼女の瞳が、ゆっくりこちらを向く。少し潤んだまつげ。その奥にある、欲しがってはいけないもの。

「どうして?」

問いながら、紗世の手が私の頬に触れる。指先が濡れていたのは、紅茶のせいか、それとも——。

「理由なんて、必要?」

彼女の唇が重なると、世界がゆっくり色を変えていく。熱くて、柔らかくて、どこか切ない。

シャツのボタンを一つ、また一つ。肌に触れるたび、私はほどけていく。何かが壊れていくのではなく、初めて自由になるような感覚。

静かな部屋で、雨の音と、彼女の吐息だけが夜を満たしていく。

一滴、一滴。私のなかに、彼女が落ちてゆく音がした。

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