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わたしの妄想日誌
第13章 承認欲求
 「…なんだか、不思議ですね。こんなに人と話すのが楽しいなんて」

 男性はあたたかい目をしていました。

 「わたしもですよ。奥さんと話していると…時間が早く過ぎてしまいます」

 気づけば、前回よりずっと長い時間が流れていました。

 「いけない、もうそろそろ失礼しないと…」

 別れ際、駅へ向かおうとしたわたしに、男性がそっと言いました。

 「また…お会いできますよね?」

 わたしは返事を迷いませんでした。

 「…はい。帰りましたらまたお電話します」
 「おそれいります。私からお電話するとご迷惑をおかけするでしょうから…。奥さんさえよろしければ、次はもっと早い時間でも…」

 『早い時間』…それは“もっと長い時間”という意味なのだと察しました。

 「…そんなふうに言っていただけるなんて。本当にわたしなんかで、よろしいんでしょうか」

 口にした瞬間、自分の声が震えて聞こえました。

 「ええ。奥さんが……来てくださるなら、それだけで十分です」
 「では…また、こちらからお電話しますね」
 「はい。無理のない時で結構です。奥さんのご都合を、いちばんにしてください」

 その“いちばん”という響きが、わたしの胸に染み入りました。

 (また会うんだわ…わたし、きっと)

 その夜、夫と子どもが寝静まったあと、わたしは台所の蛍光灯だけをつけて、受話器を手に取りました。ちょっとだけためらう気持ちもありましたが、ダイヤルを回す指は止まりませんでした。呼び出し音が一度鳴っただけで、男性の声が応えました。

 「はい…△△です」

 「あの…〇〇です。夜分すみません」
 「いえ。お電話、うれしいです」

 その声は、前よりも少しだけ親しみが増して聞こえました。

 「また、お会いできますか?」

 そう尋ねると、受話器の向こうで、少し考えるような間がありました。

 「もちろんです。ただ…もし奥さんがよろしければなのですが…。次は、その…喫茶店ではなく、もう少し静かに話せる場所のほうがよいかと思いまして」

 (静かに話せる場所…)

 言葉にはされていないのに、“何を意味しているのか”が胸の奥で小さく波を立てました。 すぐには答えられず、受話器を持った手が汗ばんでくるのがわかりました。男性は急がせるような口調ではなく、いつもの穏やかな声で続けました。
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