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SAKURA(さくら)
第3章 ソメイヨシノ 2 美卯
 6

『あそこの、個室…』

 それは、一つ星ホテルのフレンチレストランの個室――

「……凄い………」

「来たことあるか?」

「ま、まさか…」

「うん、そうか、美味しいぞ…」

「………」

 返事のしようがなかった…

 本格的なフレンチなんて、初めてだから。

「この企画が上手くいき…」

 逸れずに、見つめ…

「はい…」
 
「美卯くんさえ、その気ならば……」

「………」

 メガネの奥が、野心いっぱいに光り…

 言葉は、最後まで言われない。
 
「…………」

 けれど…

 十分だった。

「ま、キミ…次第だよ……」

 わずかに歪む、口元。

「………」

 蠢く、わたしの翳――
 

「一杯くらいはいいだろう…」

 シャンパングラスを掲げてくる…

「あ…でも……」

「大丈夫だよ」

 チン……

 合わせた瞬間、指先が、震えた。

「悪いようにはしないから…
 それに、キミは、なかなか仕事が出来るみたいだし…」

 冷たくて、ホロ苦い…

 少しだけ、酸味の強い味が…
 
 ゆっくりと、喉を落ちていく。

「あ……」

 逸らずに、見つめてくる目――

「………」

 逸らし、戻せない、わたし――

「………」

 だけど…

「そ、そのネクタイ…素敵ですね…」

「ん……」

「お、奥さまの、あ……
 や、弥生課長の…セレクトですか?」

 少しだけの、抗い――

「あ、あぁ、う、うん…」

 目が、逸れた――

「素敵…さすが、弥生さん…」

「き、キミは、弥生を…」

「はい、親しくしていただいてます…」

「ふぅん、そうか…」

「……で、でも……」

 わたしの蠢く翳は、濃くなるばかり…

「うん…」

「こ、これからは、部長にお世話になろうかしら…」

 わたしは、手を伸ばし…

 ネクタイに、触れていく――

「うん、それがいい…」

 逸れた目が、戻る。

「………」

 指先が、微かに震えてしまう…

 でも、離さない――

「キミは、いい香りがするな」

「え……」

「なんか、春めいた爽やかな香りがさ…」

「あ…これ…
『ディオールのサクラ』って……」

「そうか、サクラか……」

「はい…」

「これから…満開だな……」



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