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禁忌の鍵を外す夜【短編】
第1章 禁忌の鍵を外す夜
数年前、彼女がひどい熱を出して寝込んだ時のことだ。
看病をする私に、彼女は弱々しく、けれど真っ直ぐに私の目を、心を見つめてこう言ったのだ。
『…白城、無理をしないでね。あなたが倒れたら…、私…すごく悲しいから…。白城の代わりなんて、他にいないの』
道具ではなく、一人の人間として。ただの執事ではなく『白城』という存在として、私と真っ直ぐに向き合ってくれたのは、私の人生で彼女ただ一人だった。
冷え切っていた胸の奥に、言葉にできない温かい感情が爆発するように広がった。
あの瞬間、私は自分の魂が完全に彼女のものになったことを、そして、決して許されない恋に落ちたことを自覚した。
『一度だけでいいから、私を「お嬢様」じゃなく、名前で呼んでほしいの。最後のお願いだから』
耳の奥で、彼女の泣き出しそうな声がリフレインする。
あの純粋で、私を真っ直ぐに見つめてくれる瞳を、彰人のような汚れた男に曇らされてたまるか。
「……待っていてください。あなたをあんな地獄へ行かせはしない」
懐からスマートフォンを取り出し、ある番号へと発信した。画面に映る時刻は、深夜0時を回っている。
「…私だ。……ああ、予定通り進めてくれ。アレを明朝、一番目立つ形で旦那様の元へ届ける。一分の隙も無く、徹底的に追い詰めるんだ」
通話を切り、冷たい廊下で一人、手袋をはめ直す。
明日、私は執事としての境界線を完全に踏み越える。それがどれほど汚い手段であろうと、彼女の手を掴むためなら、私は喜んで悪魔にでもなろう。

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