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父に刻印された身体
第1章 ふたりだけの新生活
早咲きの桜の花びらが舞い落ちる頃、久しぶりに父のもとを訪ねた。還暦を過ぎ、黒髪より白髪のほうが多くなったものの、ロマンスグレーでお洒落に気を使い続ける姿は、私の大好きな父のままだった。

父と母は保険会社で出会い、職場恋愛の末に結婚。二人が二十六歳のときに私が生まれた。私が小学校に入学する前、父は独立して個人で保険代理店を始めた。若くして建てた自宅の一室を事務所にし、朝から晩まで忙しそうに電話をしている父の姿を、今でもはっきりと覚えている。
母は、とても綺麗な女性だった。小学校の参観日では、他の保護者たちの中でもひときわ目を引く存在だった。同級生たちからも、

「梨亜のお母さんって、本当に綺麗だよね」
「女優さんみたい。羨ましいなぁ……」

と、よく言われた。
たしかに母には、美しく艶やかな女優を思わせる華があった。ふとした仕草や視線にも大人の色気が漂い、どんな服を着ていても、そのすらりとした姿が自然と目を引いた。それでいて気取ったところは少しもなく、近所でもPTAでも親しまれていた。私にとって、自慢の母だった。

小学校を卒業するまでは——。

父の仕事は順調で、忙しい毎日を送っていた。それでも私と過ごす時間を作ってくれていた。幼い頃は近くの公園で母と三人で遊び、小学校に入ると、休日にはいろいろな場所へドライブに連れて行ってくれた。ただ、父は常に携帯電話を持ち歩いており、着信が入ると数十分待たされるのは日常茶飯事。予定の途中で急いで帰宅することも一度や二度ではなかった。
私にとっては当たり前だったそんな日常が、母にとってはストレスだったらしい。母は、私が小学校を卒業する前に家を出て行った。二人は私の前で揉める姿を見せなかったが、独特の微妙な空気感をうすうす感じ取っていた私は、母がいなくなってもそれほど驚かなかった。

父はシングルファザーとして、仕事と「父親兼母親」の役割を懸命にこなしていた。どんなに忙しくても弱音を吐かず、ひたむきに働くその背中は私の誇りだった。父の努力が実を結び、私が小学生の高学年になる頃には法人を設立。従業員を雇い、社長として、そして変わらず保険営業としての道を歩み始めた。一人だった従業員は二人、三人と増え、自宅の事務所は次第に手狭になっていったため、やがて近隣のターミナル駅近くのビルへと拠点を移すことになった。
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